なぜエヴァン・ウィリアムスは「ケンタッキー最初の蒸溜業者」を名乗るのか——ボトルの「1783」は、1957年に生まれたブランドが借りた年
黒ラベルに並ぶ「Since 1783」と「Kentucky's 1st Distiller」。名前の主はルイビルの石工で、ブランドは1957年にヘヴンヒルが立ち上げたもの。「最初」という言葉は100年以上あとの本で初めて現れたと歴史家は言う。ラベルの言葉の出どころをたどる。
黒いラベルのエヴァン・ウィリアムスを手に取ると、小さな文字で「Since 1783」、そして「Kentucky's 1st Distiller(ケンタッキー最初の蒸溜業者)」と書いてあります。手ごろな値段のバーボンにしては、ずいぶん大きな看板です。
1783年といえば、アメリカ独立戦争が終わった年。ケンタッキーはまだ州ですらなく、バージニアの一部でした。そんな時代から続く酒なのか、と思いたくなります。
ところが、話はそう単純ではありません。この記事では、「1783」と「最初の蒸溜業者」という二つの言葉がどこから来たのか、そして歴史家がそれをどう見ているのかをたどります。
名前の主は、ルイビルの石工だった
エヴァン・ウィリアムスは実在の人物です。ウェールズ生まれで、ケンタッキー州歴史協会の史跡標識では、1780年ごろにケンタッキーへ渡ってきたとされています。
同じ標識は、彼が1783年に、オハイオ川のほとり、いまのルイビル5番街の東側に蒸溜所を建てたと記しています。そこはケンタッキーで最初の商業蒸溜所だった「と言われる」場所で、樽は平底船で川を下って運ばれたそうです。
蒸溜だけの人ではありませんでした。腕のいい石工で、郡の最初の監獄や裁判所の建設も監督しています。ルイビルの7人の町政委員の一人に選ばれ、1797年には町で最初の波止場の管理役(ワーフマスター)にもなりました。川の町の、顔役のような人物だったようです。
ブランドが生まれたのは1957年
では、いまのボトルは、その蒸溜所の酒を受け継いでいるのでしょうか。
答えは「いいえ」です。エヴァン・ウィリアムスというバーボンのブランドは、1957年にヘヴンヒルが立ち上げたものです。ヘヴンヒルは1935年、禁酒法が明けてまもないバーズタウンで創業した会社で、18世紀のウィリアムスとは直接のつながりがありません(ヘヴンヒルについては1996年の火災を乗り越えた話も書きました)。
ラベルの「Since 1783」は、ブランドがその年から途切れずに続いてきたという意味ではありません。蒸溜所を建てた男の名と年を、あとから借りてきたもの、と読むのが正確です。
ヘヴンヒルは、同じようにバーボン史の人物の名を看板にしたブランドをいくつも持っています。「バーボンの父」と呼ばれるエライジャ・クレイグもその一つです(→なぜエライジャ・クレイグは「バーボンの父」と呼ばれるのか)。

このコラムの関連
関連するボトル

Evan Williams Single Barrel Vintage
🇺🇸 アメリカ ・ ヘヴン・ヒル蒸留所 ・ バーボン ・ NAS ・ 43.3%
次に読む

なぜサントリーは約1.6兆円でジムビームを買ったのか——キリンとの統合破談から4年、「洋酒で世界へ」の賭け
2014年、サントリーは米ビーム社を負債込み約160億ドルで買収した。縮む国内市場、キリンとの統合破談、以前からの販売提携、伸びるウイスキー。発表資料と当時の報道から、日本の会社がバーボンの雄を買った理由をたどる。

なぜベンリアックは、スペイサイドなのにピートを焚くのか——65年眠った蒸溜所と、ブレンドの裏方だった「煙」
華やかなスペイサイドで、毎年「煙の季節」を設けるベンリアック。ピート蒸溜はいつ、なぜ始まったのか。公式年表と資料の食い違いを整理し、本土の泥炭が生む甘い煙と、オリジナル・テン/スモーキー・テンの飲み比べ方まで案内する。




