なぜ家のウイスキーは、思ったより早く減るのか——バーテンダーが背の低いグラスに2割多く注いだ実験と、実際の店では確認されなかった差
背が低く口の広いグラスには2割多く注いでしまう——経験平均6.3年のバーテンダーでも起きた実験と、実際の店では確認されなかった差。家の一杯を一度だけ測っておく理由を、三つの研究から読み解く。
新しいボトルを開けて、いつもと同じつもりで飲んでいた。飲みすぎた覚えもないし、杯数だってだいたい数えている。それなのに、気づくと残りが半分を切っている——ウイスキーを家で飲む人なら、一度は覚えのある感覚ではないだろうか。
この「つもり」と実際のズレは、意志の弱さの話ではないかもしれない。手にしているグラスの形が、注ぐ量を勝手に変えている可能性がある。
しかも、この件には有名な実験がある。経験平均6.3年のバーテンダーですら、背が低く口の広いグラスには2割多く注いでしまった、というものだ。ただしその実験には、あまり一緒に語られない続きが二つある。実際の店で買った一杯を測ったら、その差が確認されなかったという調査と、筆頭著者がのちに研究不正を認定されたという事実である。
順番に見ていきたい。
平均6.3年のプロでも、2割ずれた
2005年、英国の医学誌BMJのクリスマス号に、こんな実験が載った。クリスマス号は、まじめな手法で軽やかな題材を扱う年に一度の特別号で、この研究もその枠で発表されている。
参加したのは、大学生198人(イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校)と、フィラデルフィアで日曜か月曜の夜に声をかけられたバーテンダー86人。バーテンダー側は、声をかけた95人のうち4ドルの謝礼で参加に応じた人たちで、経験は平均6.3年あった。
課題は両群でほぼ同じだ。ウォッカトニック、ラムコーク、ウイスキーのロック、ジントニック——この4杯それぞれに入れる酒を、標準量とされる44.3ml(1.5オンス)を目安に注いでもらう。使ったのは1500mlのボトルで、中身はラムとウイスキーが紅茶、ジンとウォッカが水に詰め替えられていた。
設計で大事なのは、ひとりが両方のグラスに注いだのではないということだ。参加者を二組に分け、半分には細く背の高いグラス、もう半分には背が低く口の広いグラスを渡している。そして、どちらのグラスも容量は355mlで同じ。入る量は変わらず、違うのは見た目の形だけである。
結果は、論文の本文にこう書かれている。
- 学生は、背が低く口の広いグラスに59.1ml、細く背の高いグラスに45.5ml。30%多い(P<0.01)
- バーテンダーは、55.5mlと46.1ml。20.5%多い(P<0.001)
面白いのは、参加者本人の見え方だ。学生たちは、同じ355mlなのに細く高いグラスのほうが容量が大きいと見積もっていた(346.7ml対329.9ml)。そのうえで、口の広いグラスに注いだ人ほど「自分は少なく注いだ」と思っていた(44.6ml対46.1ml)。多く注いだ側が、少なく注いだつもりでいる。
論文はさらに、10回の練習を積ませても、背が低く口の広いグラスに対してだけは注ぎすぎが減らなかったと報告する。バーテンダーに「ゆっくり注いでください」と声をかけた条件でも、59.4ml対47.9mlだった差が49.7ml対44.9mlに縮んだだけで、消えてはいない。
ただし経験そのものが無意味だったわけではない。経験の長いバーテンダーは、短い人より平均10.3%少なく注いでいた(48.2ml対53.1ml)。総量は経験で減る。だが形による狂いのほうは、経験では埋まらなかった——というのが、この実験の結論である。
著者らの対策は素っ気ない。注ぎすぎを避けたいなら、細くて高いグラスを使うか、量の目盛りが最初から入ったものを使え。そして、口の広いグラスで出される2杯は実際には2杯半にあたると知っておけ、と。
縦線は、横線より長く見える
なぜ目が狂うのか。論文が挙げている説明は、心理学の教科書に載っている古典的な錯視だ。
人は、同じ長さの線でも縦に置かれたほうを長く感じる(垂直水平錯視)。そして液体を注ぐとき、わたしたちは主に液面がどこまで上がったかを見て量を測っている。高さは見ているが、幅の分を十分に割り引いていない。だから口の広いグラスでは、「もう十分上がった」と感じる位置が、実際にはずっと多い量になる。
言われてみれば、身に覚えのある狂い方ではある。グラスの形が一杯に効くこと自体は、グラスの形で香りが変わる話としてよく知られている。だがそこで語られるのは香りであって、「注ぐ量そのものが変わる」という話は、あまり表に出てこない。
ところが、実際の店で測ったら差は確認されなかった
ここからが、あまり一緒に語られない続きである。
2009年、Kerrらが『Drug and Alcohol Review』に発表した調査は、まったく違う方法をとった。北カリフォルニアの10郡・80軒の飲食店で、実際にワインとスピリッツの一杯を注文して買い、その体積と、サンプルを分析して得た度数からアルコール量を割り出したのだ。
2005年の実験との違いは、こう言い直せる。あちらが測ったのは**「注いでください」と頼まれた一杯**で、しかもボトルもグラスも研究者が用意したものだった。こちらが測ったのは、である。
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