続く(a)号が、この命令のいちばん面白い部分だ。
in, or in a multiple of, one of the following quantities, which shall be the same for those parts of any licensed premises or licensed canteen ... of which any person is the licensee and for all those liquors
(次の量、またはその倍量で。ただしその量は、同一の者が免許を持つ当該営業所の各部分において、かつそれらの酒すべてについて、同一でなければならない)
つまり、こういうことになる。
- 同じ免許のもとにある営業所なら、フロアやバーが分かれていても、片方だけ35mlにはできない。
- ウイスキーは25mlでジンは35ml、という使い分けもできない。四つの酒すべてを同じ量に揃えろ、と条文が言っている。
25mlか35mlかという選択そのものは、店に委ねられている。法律は「この量で出せ」とは言っていない。言っているのは「どちらかに決めて、店の中で揺らすな」である。
そのうえで(b)号が続く。
if there is displayed on those premises, in such a position and manner as to be readily available without special request for inspection by the buyer before the sale is made, a statement in writing showing in which of those quantities those liquors are offered for sale
(売買が成立する前に、買い手が特別に頼まなくても閲覧できる位置と方法で、それらの酒がどの量で提供されているかを示す書面が、当該営業所に掲示されていること)
パブの壁や価格表の隅に「Spirits are served in 25ml measures」という小さな札が貼ってあるのは、装飾ではない。これがなければ、そもそも販売の要件を満たさない。
条文自体は目的を語らない。ただ、この組み立てが効いているのは量の多寡に対してではなく、客が値段を比べられる状態に対してだろう。同じ「a single whisky」という言葉で店ごとに中身が違えば、価格の比較は成り立たない。一杯の値段がどう組み立てられているかはバーのウイスキー1杯は、なぜその値段なのかに書いたが、その比較の土台を、イギリスは法律の側で用意していることになる。
第3条には、続けて例外が二つ置かれている。ここは射程を正確に読む必要がある。
(2) 三種類以上の液体を混ぜたものは、この条文の適用を受けない。カクテルである。バーテンダーがシェイカーの中で自由に配合できるのは、この一文があるからだ。
(3) 買い手が明示的に求めた場合は、規定外の量になっていても違法にならない。ただし条文が許しているのは、あくまで any mixture of liquids——液体を混ぜたものの販売である。
Nothing in this article shall make unlawful the sale at the express request of the buyer of any mixture of liquids containing any of those liquors in a quantity not otherwise permitted by this article
つまり「このハイボール、ウイスキーを多めで」は通るが、ストレートの一杯を多めに、は通らない。客が何と言おうと、そのまま注ぐ一杯は25mlか35mlとその倍量に縛られたままだ。
例外が開いているのは、酒が何かと混ざった瞬間から先だけである。グラスにウイスキーだけが入っているあいだ、条文は手を離さない。
いまでこそ25mlと35mlだが、この二つは後から入った数字だ。
1988年に公布された時点の第3条(1)(a)を、原文のまま引くとこうなる。
¼ gill, ⅕ gill and ⅙ gill
ミリリットルは一つも出てこない。当時の「シングル」は、ギルという帝国単位の分数で書かれていた。
その後、1990年の改正で「¼ギル、⅕ギル、⅙ギルは1994年12月31日より後は認められない」という但し書きが差し込まれ、1994年7月の改正令(S.I. 1994/1883)でようやく25mlと35mlが条文に書き込まれた。ギルとミリリットルが半年ほど併存し、1995年の元日に帝国単位が消えた——という順序である。
この年表は、ボトルが700mlである理由を「イギリスの一杯で割り切れるから」と説明する俗説を崩す材料でもあり、なぜウイスキーのボトルは「700ml」なのかで詳しく扱った。
ギルは1985年法の別表で「1パイントの4分の1」と定義されている。1パイントは約568mlなので、1ギルは約142ml。三つの「シングル」は、それぞれこうなる。
- ¼ギル = 約35.5ml
- ⅕ギル = 約28.4ml
- ⅙ギル = 約23.7ml
上と下では、ちょうど1.5倍の開きがある。同じ言葉で注文しても、店によって届く量がこれだけ違った。
この差は、店ごとの気まぐれではなく、地域の慣習に沿っていた。スコッチウイスキー協会が当時公開していた説明(現在は大学サーバー上のアーカイブで読める)には、こうある。
In Scotland the usual measure is one-fifth of a gill and in England one-sixth is more common.
(スコットランドでは通常の量は5分の1ギル、イングランドでは6分の1のほうが一般的である)
スコットランドのほうが、一杯が大きかった。
そして、ここで数字が一つ噛み合う。同じ1985年法の別表は、液量オンス(fluid ounce)を「1パイントの20分の1」と定義している。一方、⅕ギルは1パイントの4分の1のさらに5分の1、すなわち1パイントの20分の1である。
⅕ギル = 1液量オンス。約28.4ml。近い値ではなく、定義上まったく同じものだ。
スコットランドの標準的な一杯は、半端な分数に見えて、実はちょうど1オンスだった。注ぐ側にとっても数える側にとっても、これ以上ないほど扱いやすい単位である。
メートル法に移るとき、この28.4mlには対応する選択肢が用意されなかった。25mlに下げるか、35mlに上げるか。スコットランドのパブは、慣れ親しんだ一杯をどちらかに寄せるほかなかったことになる。
ここで一つ、範囲について正しておきたい。この1988年の命令が対象にしているのは、条文が参照している当時の免許法(Licensing Act 1964、Licensing (Scotland) Act 1976)から分かるとおり、イングランド・ウェールズ・スコットランドである。北アイルランドは入っていない。
北アイルランドには、1989年に出された別の命令がある。制定時の第3条(1)は、こうだった。
... shall be sold by retail for consumption on the premises at which it is sold only in a quantity of one-quarter of a gill or a multiple of one-quarter of a gill.
(……その場で飲むために小売されるときは、4分の1ギルまたはその倍量でのみ販売できる)
量は¼ギル(約35.5ml)ひとつに固定。選ぶ余地も、掲示の義務も書かれていない。同じ1989年の時点で、本土は三つのギルから選んで掲示せよと言い、こちらは一つに決め打ちしていたことになる。(例外の二つ、三液以上の混合物と明示的請求は、本土とまったく同じ文言で置かれている。短いのは(1)だけだ。)
もっとも、この違いはその後埋まっていく。北アイルランドの命令も改正され、1994年には「二つ目のメートル法の量、すなわち35ml」が使えるようになった——2004年の命令に付された説明書きが、そう振り返っている。「二つ目」ということは、25mlは先に入っていたわけで、いまは北アイルランドも二択である。実務上の標準が35ml寄りなのは、¼ギルの時代の名残だろう。
ついでに書き添えておくと、この北アイルランドの条文が名指ししている酒は「gin, rum, vodka and whiskey」——アイルランド式の綴りである。法律の文面にまで、島の流儀が出ている。
もう一つ、指摘しておく価値のある一致がある。
イギリスには「ユニット」という飲酒量の単位がある。NHS(国民保健サービス)の定義では、1ユニット=純アルコール10ml(8g)。そして、
- 25ml × 40% = 純アルコール10ml = ちょうど1ユニット
ウイスキーの標準的な度数が40%であること(その経緯はなぜウイスキーの度数は「40%」が世界の標準になったのかにまとめた)を前提にすれば、25mlの一杯は健康指標の1目盛りとぴったり重なる。NHSの「週14ユニットまで」は、そのまま「25mlのシングルを週14杯まで」と読み替えられる。
ただし、1994年の改正令が健康指標に合わせて25mlを選んだ、と裏づける資料は見つからなかった。⅙ギル(23.7ml)を切りのよい数字に丸めた結果が、たまたま噛み合ったのかもしれない。ここでは因果ではなく、結果として二つの物差しが噛み合っているという事実だけを置いておく。
一方、35mlを選んだ店では一杯が1.4ユニットになる。同じ「シングル」でも4割増しだ。掲示の札を確かめる意味は、値段だけではない。
では日本はどうか。
飲食店が注ぐ一杯の量を定めた規定は、探しても見当たらない。それどころか、もう一段手前で線が引かれていない。計量法にもとづく「特定商品の販売に係る計量に関する政令」は、量目を管理すべき商品を別表で列挙しているが、その一覧に酒類は挙がっていない。店で注ぐ一杯どころか、そもそも量目規制の対象商品として名指しされていないのである。
代わりに日本が力を入れているのは、体積ではなく純アルコールのグラム数だ。厚生労働省が2024年に公表した「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」は、計算式まで示している。
純アルコール量(g)=摂取量(ml)×アルコール濃度(度数/100)×0.8
そのうえで、生活習慣病のリスクを高める量として「1日当たりの純アルコール摂取量が男性40g以上、女性20g以上」を挙げる。40度のウイスキーなら、シングル30mlで約9.6g、ダブル60mlで約19.2g——具体的な杯数への換算はウイスキー1本で何杯飲める?に整理した。
対比すると、両国の構えの違いがはっきりする。イギリスは一杯の体積を法律で固定し、店ごとの揺れを消した。日本は体積を自由にしたまま、中身のグラム数を自分で数えてくれと言う。どちらも飲みすぎを避けるための道具だが、握っている場所が違う。
法律で一杯を縛る国は、イギリスだけではない。ただし、向きが同じとは限らない。
アメリカには連邦レベルの規定がなく、1.5オンス(約44ml)が慣行として広く使われているにすぎない。一方、州が独自に定めることはある。ユタ州法(Utah Code § 32B-5-304)は、主となる蒸留酒を1杯あたり1.5オンスまでとし、しかも州が承認した計量式ディスペンサーを通して提供せよと定めている。加えて、客一人が同時に持てる蒸留酒は合計2.5オンスまでだ。
イギリスが「量を揃えて掲示せよ」と言っているのに対し、ユタは「量を超えるな」と言っている。どちらの条文も目的を書き残してはいないが、上限を定めて計量器まで指定するやり方と、二択に揃えて掲示させるやり方とでは、効く先が同じとは考えにくい。同じく一杯を条文で縛っていても、向きが違えば書かれ方も変わる。国や地域で酒の線引きがどれほど違うかは、なぜビールは16歳で飲めて、ウイスキーは18歳なのかやなぜスコッチの国では、朝10時前にウイスキーを一本も買えないのかでも見たとおりである。
最後に、実用に落としておく。
掲示を探す。 イギリス本土のバーなら、カウンターの脇や価格表の隅に25mlか35mlかが書かれている。これは義務なので、必ずどこかにある。
25mlの店では、日本のシングル(30ml)より6分の1ほど(約17%)少ない。 物足りなければダブルで頼めば50mlになるが、それでも日本のダブル(60ml)には同じ割合だけ届かない。
35mlの店では、逆に多い。 純アルコールにすると、シングル1杯で11.2g、ダブル70mlなら22.4g。ダブル1杯で、日本のガイドラインが女性について挙げる20gを超える計算になる。
混ぜた一杯だけが例外。 三種類以上を混ぜたカクテルに何mlのウイスキーが入るかは店の裁量だし、ハイボールのような混合物なら「ウイスキーを多めで」と頼む道もある。だがストレートの一杯を多めに、は頼んでも通らない。
そして家で飲むときは、法律も掲示もない代わりに、自分で量るしかない。自宅でウイスキーを楽しむ「ホームバー」の始め方でメジャーカップを勧めたのは、味を再現するためだけではなかった。指1本分は、日によって太くなる。
イギリス本土の法律は、ジン・ラム・ウォッカ・ウイスキーという四つの酒に限って、一杯を25mlか35mlに固定させ、店の中では揺らすなと命じ、その答えを貼り出させている。縛っているのは量の多寡ではなく、店ごとの一貫性と、客が比べられることだ。ブランデーがその外にいるのは、条文が四つしか名指ししなかったからにすぎない。
1994年まで、その一杯はギルという分数で量られ、スコットランドではちょうど1オンスだった。北アイルランドには、はじめ選ぶ自由すらなかった。
日本には、その種の線が一本もない。あるのは「指1本分」という目安と、純アルコール何グラムという別の物差しである。
どちらが優れているという話ではない。ただ、次にバーで「シングルで」と言うとき、その一杯の大きさを誰が決めているのかを知っていると、グラスの見え方が少しだけ変わる。ロンドンのパブでは条文が、東京のバーでは注ぎ手の判断が、その量を決めている。