なぜウイスキー好きは、世界のどこでも「同じ形のグラス」で飲むようになったのか——引き出しで二十年眠った試作と、五人のブレンダーが手を入れた一脚
ウイスキーの現場で当たり前になったチューリップ型のグラス。世に出たのは2001年、設計は二十年近く引き出しに眠っていた。五人のマスターブレンダーが手を入れた一脚が共通語になるまでと、2025年に満了した意匠権の話。
ウイスキーのイベント会場に入ると、どこを見ても同じ形のグラスが並んでいる。蒸溜所の試飲カウンターにも、専門店の量り売りにも、SNSに上がる一杯の写真にも、判で押したようにあの小さなチューリップ型が写っている。
不思議なのは、この「共通語」が生まれたのがそれほど昔ではないことだ。商品として世に出たのは2001年。ウイスキーが何百年も語られてきた歴史からすれば、つい最近の出来事である。しかもその設計図は、商品になるまで二十年近く引き出しの中で眠っていた。
この記事では、あの一脚がどこから来て、なぜ世界中の棚に同じ形が並ぶことになったのかをたどる。そのうえで、これが本当に「唯一の正解」なのかも考えたい。
標準ができる前、ウイスキーのグラスは二つの世界に分かれていた
かつて、ウイスキーを注ぐ器には大きく二つの系統があった。
ひとつは、バーや家庭で使われてきたロックグラス(オールドファッションドグラス)である。厚みがあり、底が重く、氷を入れても倒れない。手に持ったときの重量感そのものが酒の風格になる器で、映画のなかでウイスキーが注がれるのはたいていこの形だ。ただし口が広く開いているぶん、立ちのぼった香りはそのまま空中へ散っていく。氷と一緒に楽しむには理にかなっているが、香りを追いかける道具ではない。
もうひとつは、蒸溜所や研究室で使われてきたコピータである。もとはスペイン・ヘレスでシェリーを利く器で、卵形のボウルに細い脚がつき、口がすぼまっている。すぼまった口は、ボウルの中で立ちのぼった香りを外へ逃がさず、鼻先の一点に集める。同じ発想を規格にしたのがワインの官能評価用のISO 3591(1977年制定、容量約215ml)で、この系統のグラスはウイスキーの品評会や検定の現場でも長く使われてきた。
つまり「香りを見るための器」は、とっくに存在していた。ただしそれは白衣を着た人の道具であって、酒を楽しむ客の手には渡っていなかった。バーのカウンターに細い脚のグラスを置けば倒れるし、洗って積み重ねる現場では脚から折れる。香りを取る器と、日常で使える器が、二つに分かれたままだった。
引き出しの中で眠っていた試作
この隙間を埋めようとしたのが、スコットランド・グラスゴー近郊イースト・キルブライドのレイモンド・デイヴィッドソンだった。彼は1981年に自身のクリスタル会社グレンケアン・クリスタルを興し、ウイスキー業界向けにデカンタやグラスを供給してきた人物である。
デイヴィッドソンは会社を興すより前、1970年代から専用グラスを構想していたと伝えられる。コピータの香りの集まり方を残したまま、バーでも使える頑丈さを持たせる——実際に1980年代には試作もつくった。ところが、それは商品にならないまま社内に置かれ続ける。同社や取材記事は、この試作が二十年近く引き出しの中で眠っていたと伝えている。
眠りを破ったのは、次の世代だった。1990年代の終わり、息子のポール・デイヴィッドソン(のちに長く経営を率い、2026年からは会長)が古いサンプルを見返す過程で父の試作を見つけ、まだ誰も取っていない市場があると考えた——というのが、同社が語ってきた経緯である。レイモンド自身も後年、当初は「ブレンダーズ・モルト・グラス」としてより小ぶりに構想し、手吹きのクリスタルで試作を作って、1990年代の後半から品評会の審査の場や業界のイベントで専門家に見せていたと振り返っている。
構想そのものより、それを世に出すきっかけのほうが二十年遅れて来た——というのが、この一脚の出発点である。
五人のブレンダーが手を入れた
ここからが、このグラスが単なる一社の新商品で終わらなかった理由である。レイモンドは試作を、スコッチ業界のマスターブレンダーたちのもとへ持ち込んだ。名前が伝えられているのは次の五人だ。
- ディアジオのロバート・マケルロイ
- ウィリアム・グラント&サンズのデイヴィッド・スチュワート
- アライド・ディスティラーズのロバート・ヒックス
- ホワイト&マッカイのリチャード・パターソン
- エドリントンのジョン・ラムジー
いずれも、当時のスコッチを実質的に設計していた人たちである。デイヴィッド・スチュワートは1982年に樽で仕上げ直す試みに着手し、1993年に「バルヴェニー ダブルウッド12年」として世に問うた人物。今日「カスクフィニッシュ」と呼ばれる流儀の起点にいた造り手だ。

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