なぜジムビームは「世界一売れるバーボン」になったのか——禁酒法で全てを失った69歳と、キャデラックの助手席に乗った酵母
世界一売れるバーボン、ジムビーム。その裏には禁酒法で全てを失い、69歳で蒸留所を120日で建て直した男の物語がある。ビーム家七代・200年以上の歴史と、キャデラックで運ばれた酵母の逸話をたどる。
世界120カ国以上で販売され、販売数量で「世界No.1バーボン」を掲げるジムビーム。日本でもハイボール缶やCMでおなじみの、いわばバーボンの入口といえる存在です。
けれどこのブランドの歴史をたどると、そこにあるのは順風満帆な王者の物語ではありません。国の法律によって一夜にしてすべてを奪われ、69歳にして裸一貫から蒸留所を建て直した、ひとりの老人の再起の物語です。この記事では、ビーム家七代・200年以上にわたる歴史を追いながら、ジムビームが世界一になった理由を考えます。
農夫の副業から始まった一族
ビーム家のルーツは、18世紀にドイツからアメリカへ渡った移民の一族です。初代ヤコブ・ビーム(本名ヨハネス、もとの姓はベーム/Böhm)は、農業のかたわらウイスキー造りを始め、1795年に「オールド・ジェイク・ビーム」の名で最初のウイスキーを世に出しました。ジムビームが掲げる「Since 1795」は、この一樽から数えられています。
家業は代々受け継がれ、二代目デイヴィッドはわずか18歳で蒸留所を引き継ぎ、三代目デイヴィッド・M・ビームは1854年、鉄道網の拡大を見越して蒸留所をネルソン郡へ移転。1880年頃には「オールドタブ」のブランド名で瓶詰めされ、全国に販路を広げていきます。ケンタッキーがバーボンの故郷になった理由とちょうど重なるように、ビーム家もまたこの土地で成長していきました。
禁酒法——王国が一夜で消えた日
四代目のジェームズ・ビューリガード・ビーム(1864–1947)——のちに「ジム・ビーム」の名の由来となる人物——が家業を率いていた1920年、アメリカに禁酒法が施行されます。合法的にウイスキーを造り売る道は、薬局で売られる医療用ウイスキーなどわずかな例外を除いて閉ざされ、ビームの蒸留所も閉鎖を余儀なくされました。
ジム・ビームは酒造り以外の道を模索します。ケンタッキーでの炭鉱経営や石灰岩の採石、フロリダでの柑橘農園——しかし、いずれもうまくいきませんでした。地元では「ジム・ビームが葬儀屋を始めたら、誰も死ななくなるだろう」という冗談まで囁かれたと伝えられています。酒造りの名人は、酒造り以外では稼げなかったのです。
69歳、120日間の再建
1933年12月、13年あまり続いた禁酒法がついに撤廃されます。このときジム・ビームは69歳。引退していてもおかしくない年齢です。しかし彼は家族や友人をかき集め、ケンタッキー州クラーモントに蒸留所を再建しはじめます。かかった期間は、わずか120日と伝えられています。
1934年8月には「ジェームズ・B・ビーム蒸溜会社」を設立。ただし禁酒法の間に「オールドタブ」の商標権は手放していたため、1935年に完成した最初のバーボンは自らの名を冠して売り出すことになりました。この銘柄がやがて——公式の年表では1943年に——彼の愛称をとって「ジムビーム(Jim Beam)」と改名されます。世界一のバーボンの名前は、ブランド戦略の産物ではなく、再起した老人その人の名前なのです。
キャデラックの助手席に乗った酵母
再建後のジム・ビームには、有名な逸話があります。彼は週末ごとに、蒸留所の酵母を入れた壺を愛車キャデラックの助手席に載せて自宅へ持ち帰っていたと伝えられているのです。火事や災害、あるいは「二度目の禁酒法」が来ても、味の核である酵母だけは絶やさないために。
ウイスキーの個性は樽や原料だけでなく酵母によっても大きく変わります。メーカーは、1935年の再稼働以来、同じ酵母株を今日まで守り続けていると謳っています。あの軽やかで香ばしいジムビームの味は、90年前に助手席で揺られていた酵母の子孫が生んでいる——そう考えると、白いラベルの一本がすこし違って見えてきます。

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