
Chichibu
埼玉県秩父市の小高い丘の上に立つ、ベンチャーウイスキー社の蒸溜所である。2008年2月、創業者・肥土伊知郎が稼働させた。肥土は、羽生蒸溜所を営んだ祖父を持ち、大手酒類メーカーでの営業職を経て家業に入ったが、羽生の経営悪化で生産停止に追い込まれた。行き場を失った原酒樽を自ら引き取り、独自のウッドフィニッシュを施して売り出したのが「イチローズモルト」の始まりだ。秩父市街から車で30分、夏は高温多湿、冬は氷点下という寒暖差の激しい環境が熟成に強い影響を与える。国内でも珍しく自社でミズナラ樽を製造する工房を持ち、年間200樽を自ら仕立てる。世界的な評価を得た、日本クラフトウイスキーの先駆けだ。
秩父は、小さなミル、マッシュタン、ミズナラ製の発酵槽、スコットランド・フォーサイス社製のポットスチルを用い、徹底したハンドクラフト(手づくり)にこだわる。国内で専門にミズナラ樽を製造する業者がなかったことから、この規模の蒸溜所としては異例の自社工場を設立し、年間約200樽ものミズナラ樽を自ら仕立てる。ミズナラ由来の白檀のような香りと、寒暖差ある気候が育む複雑な熟成感が、秩父の個性の核をなす。
秩父蒸溜所は、2008年2月、ベンチャーウイスキー社の創業者・肥土伊知郎によって、埼玉県秩父市の小高い丘の上に稼働させた蒸溜所である。肥土は、羽生蒸溜所を営んだ祖父を持ち、大手酒類メーカーでの営業職を経て家業の造り酒屋に入った。しかし羽生の経営が悪化し、蒸溜所は生産停止・売却に追い込まれた。行き場を失った原酒樽を肥土が自ら引き取り、独自のウッドフィニッシュを施して売り出したのが、「イチローズモルト」の始まりだった。この経験が、自らの蒸溜所を興す原動力となった。
蒸溜所は埼玉県秩父市、市街地から車で30分ほどの小高い丘の上に立つ。夏は高温多湿、冬は朝晩が氷点下に達する、寒暖差の激しい環境だ。この厳しい気候が、ウイスキーの熟成に多大な影響を与える。良質な水を用い、小規模ながら丁寧な仕込みを行う。東京から北西へ約100kmという立地は、都市近郊にありながら独自の気候風土を持つ。
「イチローズモルト・秩父ザ・ファースト」を皮切りに、定番の「秩父ザ・ピーテッド」やヴィンテージ、各種カスクフィニッシュを展開する。「ワールド・ウイスキー・アワード」など国際的な賞を多数受賞し、世界中の愛好家から熱狂的な支持を得る。ミズナラ樽と厳しい気候が育む、日本クラフトウイスキーを代表する先駆けである。
Ichiro's Malt 2024 Year of the Dragon Zodiac Label
🇯🇵 日本 ・ 秩父蒸溜所ほか ・ ブレンデッド ・ NAS
Ichiro's Malt Chichibu The First Ten 10 Year
🇯🇵 日本 ・ 秩父蒸溜所 ・ シングルモルト ・ 10年 ・ 50.5%


Ichiro's Malt & Grain World Blended Whisky
🇯🇵 日本 ・ 秩父蒸溜所ほか ・ ブレンデッド ・ NAS ・ 46%


山崎や響を口にしたとき、ふと立ちのぼるお香のような香り。その多くはミズナラ樽に由来する。なぜ日本の楢だけが白檀や伽羅を思わせる香りを生むのか、その化学と歴史をマニアックに掘り下げる。

「山崎」や「白州」が定価で買えない一方、日々のハイボールを支える千円台の名品から特別な日の一本まで、いま手に入るジャパニーズウイスキーは豊富だ。予算・飲み方・タイプの3軸で選び方を整理し、価格帯別におすすめ12本を紹介する。

十年前は指を折って数えられるほどだった日本の蒸留所が、いまや計画中を含め120超。看板商品が出せるまで何年も待たされる酒に、なぜこれほど多くの人が挑むのか。数字・制度・資金繰りの知恵、そして始まりつつある淘汰まで読み解く。

ポートエレン、ブローラ、軽井沢、羽生——もう造られない「幻の蒸留所」の酒に、なぜ数十万円の値がつくのか。1980年代の不況「ウイスキー・ロッホ」が幻を生んだ経緯と、値段を跳ね上げる仕組み、そして近年の復活までを追う。

廃棄寸前だった羽生蒸溜所の400樽から始まったイチローズモルト。トランプのカードシリーズが日本産ウイスキーの最高額記録を打ち立て、秩父の小さな蒸溜所が世界を魅了するまでの物語と造りの秘密を読み解く。

家庭で梅酒を漬けるのは合法なのに、麦を発酵させてウイスキーを造れば罪に問われる。分かれ目はどこにあるのか。酒税法が引いた「アルコール分1度」という線と、梅酒にだけ認められた特例、そして造り手を待つ「年6キロリットル」の壁を読み解く。

12年と書かれた一杯の背後には、平均樹齢100年の木がいる。ミズナラは成熟まで200年超、フランスのメランは100年超の林から。ウイスキーでいちばん長い時間は森にある——そしていま米国のホワイトオークで起きているのは「足りない」ではなく「次が育っていない」という話だ。

スコッチでは当たり前の「原酒の交換」が、日本には根づかなかった。だから幅は一つの敷地の中で作られた。その前提が2015年、秩父とマルスのあいだで熟成前のまま入れ替わった原酒から動きはじめる。

店頭で見かける金色のシール。日本にもTWSCという品評会があり、銘柄を伏せた採点で賞が決まる。ただし1本を飲むのは8〜10人で、2026年は出品594アイテムの半分に金賞以上がついた。最高金賞との違いまで、仕組みから読み解く。

この蒸留所が属する地域
1923年、鳥井信治郎が山崎蒸溜所を開設したのが日本ウイスキーの始まり。技師として招かれた竹鶴政孝は後にニッカウヰスキーを設立し余市蒸溜所を開いた。スコッチの製法を土台にしながらも、繊細な水質と四季の寒暖差を生かした独自のスタイルを確立し、2000年代以降は国際コンペティションでの受賞を機に世界的な評価を得ている。
日本を深掘りする →地理ではなく味わいで繋がる、別の産地の蒸留所。