なぜレッドブレストは「シングルポットスチルの王」と呼ばれ、これほど愛されるのか——一度消えて甦った、アイルランドの誇り
アイルランドだけの造り「シングルポットスチル」を代表するレッドブレスト。一度は姿を消しながら甦ったこの銘柄が、なぜ愛好家に「王」と慕われるのか。造りと歴史からひもとく。
ウイスキー好きが集まると、なぜか静かに一目置かれる一本がある。派手な限定でも、目の飛び出る高級品でもない。緑と赤のラベルに小さなコマドリ(ロビン)が描かれた、レッドブレストだ。愛好家はこれを「シングルポットスチルの王」と呼ぶ。しかもこの銘柄、一度は市場から完全に姿を消している。なぜ死んだはずのウイスキーが甦り、これほど深く愛されているのか。その理由は、アイルランドだけが受け継いだ独特の造りと、消えかけた伝統を拾い直した物語にある。
シングルポットスチルという、アイルランドだけの造り
レッドブレストを語るには、まず「シングルポットスチル」という言葉をほどく必要がある。これはアイルランド固有のウイスキーの区分で、発芽させた大麦(モルト)と、発芽させていない大麦(未発芽麦)を混ぜて仕込み、単式蒸留器(ポットスチル)で、ひとつの蒸留所で造るものを指す。現在の規定では、麦芽と未発芽の大麦をそれぞれ3割以上使うことが求められる。
未発芽の大麦をわざわざ混ぜるのには、税の事情があった。18世紀末、アイルランドでは麦芽に重い税がかけられ、蒸留家たちは負担を減らそうと、発芽させていない安い大麦を仕込みに加えた。苦肉の策だったこの配合が、思いがけず唯一無二の個性を生む。未発芽麦は、ぴりっとした胡椒のようなスパイシーさと、とろりとした油分を帯びた口当たりをもたらすのだ。伝統的に3回蒸留されることも重なり、スコッチのシングルモルトとは似て非なる、クリーミーで力強い味わいが生まれる。
ちなみに「シングルポットスチル」という呼び名は比較的新しく、2011年まではアメリカの規制当局との兼ね合いから「ピュアポットスチル」と表記されていた。名前は変わっても、造りと個性は19世紀から地続きだ。
一度死んで、甦った銘柄
レッドブレストは、もともと蒸留所の名前ではない。20世紀初頭、ダブリンで熟成・瓶詰めを手がけた酒商ギルビー社が、ジェムソンのボウストリート蒸留所から樽で仕入れた原酒を自社で寝かせ、独自の銘柄として売り出したものだ。「レッドブレスト(コマドリ)」の名は、鳥好きだったギルビー社の会長が名付けたと伝わり、1912年ごろには12年もののラベルに使われていた。
ところが20世紀後半、アイルランドのウイスキー産業は激しく縮小する。原酒の供給体制が変わり、こうした「ボンダー(熟成・瓶詰め業者)」の商いは立ち行かなくなった。ギルビー社は1980年代半ばにレッドブレストの製造をやめ、ブランドはアイリッシュ・ディスティラーズへと売却される。看板は倒れ、棚から姿を消した。
転機は1991年。アイリッシュ・ディスティラーズが、コークのミドルトン蒸留所で造るシングルポットスチル原酒を使い、レッドブレストを復活させたのだ。以来この銘柄は、バーボン樽とオロロソ・シェリー樽で熟成した、濃厚で香ばしい一杯として定番の座を取り戻した。消えかけた造りを拾い直したこの復活劇が、後のシングルポットスチル再評価の口火を切ることになる。
なぜ「王」と慕われるのか
レッドブレストが偏愛される理由は、味と価格のつり合いにある。定番の12年は、決して手の届かない値段ではないのに、シェリー由来のドライフルーツやナッツ、クリスマスケーキを思わせる甘やかさと、ポットスチルならではの厚みを備える。「最初の一本」にも「長く付き合う一本」にもなれる懐の深さが、初心者から筋金入りまでを惹きつける。

このコラムの関連
関連するボトル

次に読む

なぜ蒸溜所は、酒を造る工場なのに見学者を招き入れるようになったのか——1969年に開いた一枚の扉と、年270万件の訪問
蒸溜所はもともと、一般客に語る動機がない場所だった。1969年にグレンフィディックが開いた受付棟から、年270万件の訪問を集める産業へ。蒸溜所見学が生まれた理由と、日本の人気蒸溜所で製造現場が抽選制になった事情をたどる。

なぜジョニーウォーカー ブルーラベルは、年数表記がないのに「最高峰」なのか——初期ボトルに刷られた「15〜60年」と、静かに消えた一行
ブラックラベルは「12年」と刻むのに、シリーズの頂点に立つブルーラベルには年数がない。1987年に「オールデスト」として生まれた一本の、初期ラベルに刷られていた「15-60年」という一行の行方をたどる。





