なぜスキャパは、ハイランドパークと同じ島で煙のない酒を造るのか——板を外した「ローモンド・スチル」と、水兵が消した火
オークニーにはスモーキーなハイランドパークのほかに、もう一軒の蒸溜所がある。ピートを焚かないスキャパだ。泥炭の水をパイプで引く工夫、首に板を差し込む珍しい蒸溜器、閉鎖寸前からの復活をたどり、島の酒をひとつの色で語れない理由を探る。
スコットランドの北の海に浮かぶオークニー諸島。ウイスキー好きにとってこの島の名前は、まずハイランドパークと結びついている。ヘザー(ヒース)の混じった島のピートを焚き、蜂蜜のような甘さに煙を重ねる造り手だ。
ところが同じ本島には、もう一軒の蒸溜所がある。スキャパである。こちらの麦芽はピートを焚かずに乾かしたもので、香りは蜂蜜やバニラ、熟した果実の方向へ伸びる。「島のウイスキー=スモーキー」という思い込みを、すぐ近くで裏切っている蒸溜所だ。
なぜスキャパは、煙のない酒を造るのか。この記事では、水の引き方、ほかではまず見られない蒸溜器、そして一度は消えかけた歴史から、その理由をたどる。
泥炭の水を、泥炭に触れさせずに運ぶ
スキャパの仕込み水は、近くを流れるリングロ・バーンという小川から引いている。この水は、源のあたりでは泥炭地を通ってくる。
それでも蒸溜所は、水がこれ以上ピートに触れないよう、パイプで引き込んでいるという。麦芽も、ピートの煙で乾かしていないものを使う。
対照的なのがハイランドパークだ。こちらは使う麦芽のおよそ2割を自社のフロアモルティングで造り、島のホビスター・ムーアで切り出したピートで燻す。残りの8割はピートを焚かない麦芽を外から買い、混ぜ合わせる。煙の量を「割合」で決めているわけだ。
同じ島の二軒でも、ピートを使うかどうかという選択ひとつで、グラスの香りはここまで分かれる。
首に板を差し込む「ローモンド・スチル」
スキャパのもうひとつの個性が、蒸溜器にある。初溜釜(ウォッシュスチル)が、ローモンド・スチルと呼ばれる珍しい形をしているのだ。
ローモンド・スチルは、1955年ごろ、カナダの酒類会社ハイラム・ウォーカーの技術者アリステア・カニンガムらが設計した蒸溜器である。ずんぐりした円筒形の首の中に、取り外しのできる銅の板(精留板)を並べてある。
板を何枚使うか、どう組むかで、蒸気がどれだけ首の中で冷やされて釜へ落ちるか(還流)が変わる。還流が多いほど軽い酒に、少ないほど重い酒になる。つまり一台の釜で、何種類もの酒質を造り分けるための装置だった。
当時のハイラム・ウォーカーは、ブレンデッドスコッチ「バランタイン」の原酒を必要としていた。ローモンド・スチルは、スキャパのほか、インヴァーリーブン、グレンバーギー、ミルトンダフといった同社の蒸溜所にも据えられた。
板は外された。それでも形は残った
ただ、この仕組みは扱いにくかった。首の中の板は掃除がとても難しく、各地で次第に使われなくなっていく。スキャパでも、1959年に据えたローモンド・スチルが設計どおりに働いたのは1979年まで、とされる。
その後、精留板は取り外された。いまのスキャパのウォッシュスチルは、ふつうの初溜釜として動いている。
それでも、首の中に銅がたっぷり使われているという形はそのままだ。加えて、首から伸びる管には「ピュリファイアー」という還流用の装置が付いている。還流を増やす装置だが、同時にスピリッツにオイリーな質感を与えるとされる。板を外した釜の重さと、ピュリファイアーの還流。その釣り合いが、スキャパの酒質の土台になっている。
ほかの蒸溜所に据えられたローモンド・スチルは、もとの場所ではやがて使われなくなった。インヴァーリーブンにあった一台は、2010年にアイラのブルックラディ蒸溜所へ引き取られ、いまはジン「ザ・ボタニスト」の蒸溜に使われている。いまも現役なのはこの一台とスキャパのウォッシュスチルだけとされ、ウイスキー造りに使われているのはスキャパのほうである。
水兵が消した火と、二度の存亡
スキャパの創業は1885年。グラスゴーのブレンダー、マクファーレン&タウンゼンドが、湾「スカパ・フロー」の岸に建てた。この湾は、二つの世界大戦でイギリス海軍の主要な泊地になった場所だ。
1919年に蒸溜所で火事が起きたとき、湾にいた海軍の水兵たちがバケツリレーで海水を運び、消し止めたと伝えられている。
その後、1954年にハイラム・ウォーカーが買い取って再建した。ところが1994年には操業を休止してしまう。1997年からは、近くのハイランドパークのスタッフがときどき蒸溜をする程度にとどまった。
閉鎖寸前だったスキャパを救ったのは、2004年の210万ポンドの改修である。翌2005年からはペルノ・リカール(シーバス・ブラザーズ)の傘下に入り、2015年には初めてのビジターセンターを開いた。
スキレンとグランサ、そして2024年の年数表記レンジ
2010年代半ばからスキャパの看板を担ってきたのは、年数表記のない二本だった。
このコラムの関連
関連するボトル

Highland Park 12 Year Old Viking Honour
🏴 スコットランド ・ ハイランドパーク蒸留所 ・ シングルモルト ・ 12年 ・ 40%

次に読む

なぜウイスキーの生産量は「純アルコール」で数えるのか——「年1,500万リットル」はボトル何本分? 税金と度数が決めた物差し
蒸溜所の「年間生産能力1,500万リットル」は、瓶に詰める液体の量ではない。水を除いた純アルコール(LPA)の量だ。度数が工程ごとに変わり、税金も純アルコールに掛かるから。ボトル本数への換算法と、日本の酒税との意外な共通点まで解説する。

バーボン樽熟成ウイスキーのおすすめ5選——バニラの甘さは「何回目の樽か」で変わる。樽の甘さ・素顔・煙で選ぶ
スコッチの多くを支えるのに、ラベルではあまり目立たない「バーボン樽」。バニラやココナッツの甘さがどこから来るのか、ファーストフィルとリフィルで何が変わるのかを整理し、オーヘントッシャン アメリカン・オークからラフロイグ10年まで、樽の甘さ・蒸溜所の素顔・煙の3つの軸で5本を紹介します。



