なぜ「シングルトン」は三つの蒸溜所で同じ名前なのか——かつてグレンオードはアジア、ダフタウンはヨーロッパ、グレンデュランは北米。大陸で分けて始まった一つのブランド
ザ・シングルトンは一つの蒸溜所の名前ではない。グレンオード、ダフタウン、グレンデュランという三つの蒸溜所に掛けた共通の看板だ。発音しにくいオスロスクのために生まれた名前が、2006年に大陸ごとの売り分けとして復活し、2015年に世界共通のブランドになるまで。
酒屋の棚で「ザ・シングルトン」を手に取って、ラベルの小さな文字に気づいた人もいるかもしれない。「of Dufftown」と書かれたその瓶には、海外の酒屋へ行くと「of Glen Ord」「of Glendullan」と書かれた兄弟がいる。名前は同じなのに、造っている蒸溜所は別々だ。
シングルモルトは「一つの蒸溜所で造ったモルトだけを詰めた酒」である。それなのに、なぜ三つの蒸溜所が同じ名前を名乗っているのか。この記事では、その仕組みと、そこに至るまでの経緯をたどる。
三つの蒸溜所に、同じ看板を掛けた
シングルトンは、ディアジオが持つ三つの蒸溜所のシングルモルトにかぶせた共通のブランド名だ。
- グレンオード: ハイランド北部、ブラック・アイル半島の付け根にある。創業は1838年。
- ダフタウン: スペイサイドの町ダフタウンにある。1895年創業。
- グレンデュラン: 同じくダフタウンにある。1897年に、アバディーンのブレンダー、ウィリアム・ウィリアムズが建てた。
中身はそれぞれの蒸溜所のシングルモルトで、混ぜてはいない。シングルトンという名前は、三つのシングルモルトをまとめて売るための「傘」である。ラベルの「of ○○」が、どの蒸溜所の一本かを示している。
三つに共通するのは、どれも長くブレンデッドウイスキーの原酒として働いてきた蒸溜所だという点だ。造った酒の多くは、ジョニーウォーカーやデュワーズ、ベルズといったブレンデッドに回されてきたとされる。自分の名前で瓶詰めされる機会は少なかった。
最初の「シングルトン」は、別の蒸溜所だった
実は、シングルトンという名前には前史がある。最初にこの名前で売られたのは、スペイサイドのオスロスク蒸溜所のモルトだった。
オスロスク(Auchroisk)は、J&Bの原酒を造るために1970年代に建てられた蒸溜所だ。1986年、そのモルトを国際的に売り出すとき、「オスロスク」はスコットランドの外の人には発音しにくいと考えられた。そこで「ザ・シングルトン」という名前が付けられた。
この初代シングルトンは2001年ごろに姿を消し、蒸溜所は元の名前に戻っている。ゲール語由来のスコッチの名前が外国人には読みにくいことは昔からの悩みで、シングルトンという名前は、その悩みへの一つの答えとして生まれたことになる。
2006年、大陸ごとに一つずつ割り振った
名前が復活したのは2006年だ。ディアジオは、休眠していたこの名前を三つの蒸溜所の共通ブランドとして使い直した。
ここで面白いのが、売る地域の分け方である。当初の計画では、三つはそれぞれ別の大陸だけで売ることになっていた。
- グレンオード → アジア(最初は台湾から)
- ダフタウン → ヨーロッパ
- グレンデュラン → 北米
2006年6月に台湾でグレンオードが発売され、続いてダフタウンがヨーロッパに出た。グレンデュランの北米発売は資料によって2007年とも2008年ともされる。
同じ名前を名乗りながら、中身は地域ごとに違う。大陸をまたいで同じ酒を飲み比べることは、当初は想定されていなかったわけだ。
なぜ一つの名前にまとめたのか
ここからは筆者の見方も混じる。
ブランドを作る側から見ると、三つの名前をそれぞれ広めるより、一つの名前を広めるほうが効率がよい。広告も、瓶のデザインも、売り場での認知も一本化できる。しかも「グレンオード」や「グレンデュラン」は、英語圏の外では覚えやすい名前とは言いにくい。オスロスクのときと同じ理屈が、規模を広げて使われたと考えられる。
地域を分けたのは、蒸溜所ごとの生産量や、市場ごとの好みに合わせて原酒を配る狙いがあったとみられる。ただ、その理由をディアジオがはっきり説明した資料は見つからなかった。ここは推測の域を出ない。
ディアジオはこのブランドを「シングルモルトへの入口」と位置づけている。名前を一つにして覚えやすくしたのも、その狙いに沿ったものだろう。
大陸の壁は、2015年に取り払われた
地域ごとの売り分けは、長くは続かなかった。2015年11月、ディアジオはこの制限をやめ、三つとも世界中で売る方針に切り替えた。同時に、ラベル上の蒸溜所名を小さくし、「シングルトン」の名前を前に出した。
狙いは、このブランドを世界一のシングルモルトに育てることだった。当時、グレンフィディックとザ・グレンリベットが世界の首位を争っていた。シングルトンは2006年から9年ほどで、世界5位の売上を持つシングルモルトに育っていたと報じられている。
グレンオードの生産能力は2010年代半ばの拡張でおよそ倍になった。2023年には、ディアジオの幹部が、シングルトンは中華圏で一番売れているモルトだと語っている。最初に台湾で売り出したアジアの市場が、今もこのブランドの大きな柱になっている。
日本で手に取るなら
日本では、キリン・ディアジオが2018年9月に「ザ・シングルトン ダフタウン 12年」を全国発売した。「ハイボールに合うシングルモルト」として紹介されている。バーボン樽とシェリー樽の原酒を使い、ナッツや蜂蜜を思わせる甘さが持ち味とされる。
このコラムの関連
関連するボトル
The Singleton of Dufftown 12 Year Old
🏴 スコットランド ・ ダフタウン蒸留所 ・ シングルモルト ・ 12年 ・ 40%
The Singleton of Glendullan 12 Year Old
🏴 スコットランド ・ グレンデュラン蒸留所 ・ シングルモルト ・ 12年 ・ 40%
The Singleton of Glen Ord 12 Year Old
🏴 スコットランド ・ グレンオード蒸留所 ・ シングルモルト ・ 12年 ・ 40%
関連する蒸留所
次に読む

なぜサントリーは約1.6兆円でジムビームを買ったのか——キリンとの統合破談から4年、「洋酒で世界へ」の賭け
2014年、サントリーは米ビーム社を負債込み約160億ドルで買収した。縮む国内市場、キリンとの統合破談、以前からの販売提携、伸びるウイスキー。発表資料と当時の報道から、日本の会社がバーボンの雄を買った理由をたどる。

なぜベンリアックは、スペイサイドなのにピートを焚くのか——65年眠った蒸溜所と、ブレンドの裏方だった「煙」
華やかなスペイサイドで、毎年「煙の季節」を設けるベンリアック。ピート蒸溜はいつ、なぜ始まったのか。公式年表と資料の食い違いを整理し、本土の泥炭が生む甘い煙と、オリジナル・テン/スモーキー・テンの飲み比べ方まで案内する。





