なぜ「現役最古」のスコッチ蒸溜所は、ラベルから消えたのか——闇市で破産し、7万1,000ポンドで買われたストラスアイラ
ギネスが「現役で稼働する最古のスコッチ蒸溜所」と認めた1786年創業のストラスアイラ。かつては自分の名で知られたその酒が、闇市と破産を経てシーバスリーガルの心臓になるまでをたどる。
記録の上で、いま稼働しているスコッチ蒸溜所のうち最も古いのはどこか。
ギネス世界記録の答えはストラスアイラである。スペイサイドの町キースにある蒸溜所だ。だが酒屋の棚をいくら探しても、その名のボトルはなかなか見つからない。
不思議なのは、この蒸溜所がかつては自分の名で有名だったことだ。それが20世紀の半ばに、シーバスリーガルという別の名前の内側へ入っていった。この記事では、最古の蒸溜所が棚から姿を消すまでの経緯をたどる。
ギネスが認めた「現役最古」
1786年、アレクサンダー・ミルンとジョージ・テイラーが、衰退しつつあった亜麻加工業に代わる仕事としてキースに蒸溜所を建てた。当初の名は「ミルタウン(ミルトン)」である。
ギネス世界記録は2000年11月14日、この蒸溜所を「現役で稼働する最古のスコッチウイスキー蒸溜所」として認定している。
ただし「最古」の称号は数え方で揺れる。創業年だけを比べれば、1763年を名乗るグレンタレットや1779年のボウモアが先行する。ラベルに刻まれた創業年が、必ずしも酒を造り始めた年ではないという事情もある。ギネス側は判定の基準を細かく公表していないので、この記録は「操業を続けてきた」という蒸溜所側の記録と申請に支えられたもの、と受け取るのが正確だろう。
二つの塔と水車は、火事のあとに建った
ストラスアイラは「世界で最も美しい蒸溜所のひとつ」と繰り返し評される。石造りの建屋、双子のパゴダ屋根、そして水車。写真で見覚えのある人も多いはずだ。
この姿は創業時のものではない、とされている。1876年と1879年、蒸溜所は続けて火災に見舞われた。当時のオーナー、ウィリアム・ロングモアが実用一辺倒だった建屋を建て直した結果が、いまの外観だという説明が一般的だ(改築の時期については、19世紀の記録をもとに異論もある)。美しさは、災難の後始末から生まれたことになる。
仕込み水は「フォンズ・ブリエンス」と呼ばれる泉から引かれる。ブランドの語りでは「12世紀にドミニコ会の修道士がこの泉でヒースのエールを醸していた」とされることが多い。ただしドミニコ会が教皇ホノリウス3世に認可されたのは1216年12月22日、13世紀に入ってからで、修道会がスコットランドに現れるのは1230年である。「12世紀の修道士」という言い回しは、そのままでは年代が合わない。出典によって11世紀とも12世紀とも書かれる点も含めて、この種の枕詞は一段割り引いて聞くのがいい。
かつては、自分の名で知られていた
そしてここが本題である。19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ストラスアイラはシングルモルトとしてかなりの名声を得ていた。蒸溜所がミルトンと呼ばれていた時代から、酒のほうは近くを流れるアイラ川(アイラ島とは別物だ)の谷にちなんで、ストラスアイラの名で売られていたのである。
つまり順序が逆だった。酒の名前が先にあり、蒸溜所の名があとから追いつくことになる。
だが1940年代、この蒸溜所は苦境に陥る。
蒸溜所を破産させた男
ロンドンの金融家ジェイ・ポメロイが、経営会社ウィリアム・ロングモア社の実権を握った。戦時下でウイスキーが統制されていた時期である。彼はここのウイスキーをロンドンへ回し、実体のない会社の名義を使って闇市場でさばいたとされる。
やがて当局が動き、1949年、ポメロイは脱税で訴追される。科された罰金は11万1,038ポンド。当時としては桁外れの額で、会社は破産に追い込まれた。
ちょうど同じころ、日本でも酒は「買うもの」ではなく配られるものだった。統制と闇市は、どこの国のウイスキーにも影を落としている。
1950年4月14日、7万1,000ポンド
競売にかけられた蒸溜所を落札したのは、ジェームズ(ジミー)・バークレー。シーバス・ブラザーズの意を受けての入札だった。落札額は7万1,000ポンド、日付は1950年4月14日である。
シーバス・ブラザーズはアバディーンの食料品店を出自とし、1909年に高級ブレンデッドという商品を世に出した会社だ。その彼らに足りなかったのが、ブレンドの芯を任せられる自前のモルトだった。手に入れたストラスアイラは、以後シーバスリーガルの、そしてロイヤルサルートの土台になる。

このコラムの関連
関連するボトル
Royal Salute 21 Years Old The Signature Blend
🏴 スコットランド ・ アベラワー蒸留所ほか ・ ブレンデッド ・ 21年 ・ 40%


次に読む

週70時間のバーボン工場と、12人のエンジニア——ウイスキーの現場で争われている「時間」
スコッチとバーボンの現場では、この10年ストライキがくり返されてきた。争われているのは賃上げだけではない。残業、シフト、そして「休暇1日=7時間12分」という計算式だ。

なぜスコッチの蒸溜所は、1回の蒸溜を3分で終えたのか——酒ではなく「スチルの容量」に税をかけた法律
18世紀の末から19世紀の初め、ローランドには1回の蒸溜を3分で終えた蒸溜所があった。税額が造った酒の量ではなく「スチルの容量」で決まったため、造り手は浅く広い皿のようなスチルを回し続けた。制度が酒の形を変えた記録。



