なぜウイスキーの瓶から、政府の「帯」は消えたのか——アメリカは1985年、イギリスは2025年、日本は1974年にやめた税シール
古いバーボンの首に巻かれた紙の帯は、酒税を納めた証であり封印だった。アメリカは1985年、イギリスは2025年、日本も1974年にその帯をやめている。130年近く続いた税シールの来歴を、条文でたどる。
古いバーボンの写真を見ると、瓶の首に紙の帯が回っていることがある。栓の上をまたいで貼られ、栓を抜けば必ず破れる位置にある。装飾ではない。あれは政府が発行した「税シール」で、この瓶の分の酒税はもう納められている、という国のお墨付きだった。
いま日本の棚に並ぶウイスキーに、あの帯はない。アメリカは1985年にやめ、イギリスは2025年にやめた。日本も、実は1970年代までは貼らせていた。あの紙切れは、国が酒を一本ずつ数えていた時代の痕跡である。
帯は「封」と「領収書」を兼ねていた
アメリカで瓶の首に帯が回るようになったのは、1897年のボトルド・イン・ボンド法からだとされる(樽への税印はそれ以前からあった)。政府の監督下にある未納税倉庫——bonded warehouse——で、決められた条件を満たして瓶詰めされた酒には、緑色の帯が貼られた。禁酒法が明けたあとは、税を納めた一般の酒に赤い帯が貼られるようになる。
帯の巧妙なところは、税の証明と封印を同時に果たす点にある。栓をまたいで貼ってあるから、開ければ破れる。破れていない帯は「まだ誰も開けていない」ことの証明であり、貼ってあること自体が「税は済んでいる」ことの証明だった。
ボトルド・イン・ボンドという呼び名は、その倉庫(bond)に由来する。制度そのものは帯より長生きした。現行の規則(27 CFR 5.88)が求める主な要件は、同一の蒸溜者が同一の蒸溜所で、同一の蒸溜シーズン(1〜6月または7〜12月の半期)に蒸溜すること。木製の容器で4年以上寝かせること。加水は純水のみで、50%(100プルーフ)で瓶詰めすること。
面白いのは、「ボンド」のほうが先に当たり前になってしまったことだ。いまのアメリカでは、税を納める前の蒸留酒を扱えるのは政府に認められた区画(bonded premises)に限られ、瓶詰めのラインもそこに置かれる。どのバーボンも未納税の区画で瓶に詰められている以上、「ボンドで詰めた」こと自体はもう特別ではない。この表示がいま意味しているのは、倉庫の場所ではなく、上に挙げた造りの縛りのほうである。
いま買える代表的な三本を挙げておく。バーボン、テネシーウイスキー、ライと、種類はまたぐ。


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