本文へ移動なぜ酒場では、二時間が一瞬で溶けるのか——実験室では「長く」見積もられ、本人は「速かった」と答えた | Malt Note「もう一杯だけ」と言ったときには、まだ二十一時だったはずだ。次にスマートフォンを見たら、日付が変わっている。
バーやウイスキーの席では、この現象がやたらと再現性よく起きる。同じ長さのはずなのに、待合室で過ごす二時間と酒場の二時間では、明らかに目減りの仕方が違う。
これは気のせいではない。実験室でも、実際の飲酒場面でも調べられている。ただし出てきた数字は、少しねじれている——同じ実験のなかで、時間は「長く」見積もられ、しかも本人は「あっという間だった」と答えているのだ。
この記事では、その二つが同じ一つの仕組みから出てくる理屈をたどりながら、最後に「では一杯目の前に何を決めておけばいいのか」まで下ろしてみたい。
出発点は、リバプール・ジョン・ムーアズ大学のルース・オグデンらが2011年に Acta Psychologica に発表した研究だ。
参加者は、体重1キログラムあたり0グラム(プラセボ)、0.4グラム、0.6グラムの純アルコールを飲む三つの群に分けられた。どの群かは本人に知らされない。そのうえで四種類の時間課題を受ける。
結果はこうだった。高用量(0.6 g/kg)の群は、提示された刺激の長さを秒数で答える課題で、低用量群やプラセボ群より長めに見積もった。
著者らの解釈は「内的時計(internal clock)の速度が上がった」というものだ。時間の知覚には、一定の速さで刻みを送り出すペースメーカーのような仕組みが想定されている。その刻みが速くなれば、同じ実時間のあいだに溜まる刻みの数が増える。溜まった数を「長さ」として読むので、実際より長かったと答える——という筋書きになる。
なお、ここで狂うのは概日リズムを指す「体内時計」ではない。1〜2秒程度の短い長さを測るための、別の物差しのほうである。
ここは日本の単位に置き直しておきたい。
厚生労働省が2024年に公表した「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」は、純アルコール量の算出式を次のように示している。
摂取量(ml) × アルコール濃度(度数/100) × 0.8(アルコールの比重)
体重60キログラムの人なら、0.6 g/kg は純アルコール36グラム。40度のウイスキーをダブル(60ml)で飲むと1杯あたり約19グラムだから、おおよそダブル2杯にあたる。低用量の0.4 g/kg なら約24グラムで、ダブル1杯強だ。
つまりこの実験が扱っているのは、特殊な泥酔ではない。ただし総量が同じでも、酔い方まで同じではない。この種の実験では一般に、体重に合わせた量を短時間で飲んでもらって血中濃度のピークを作るので、二時間かけてダブル2杯を空ける飲み方とは、酔いの立ち上がりが別物になる。あくまで量の目安として読んでほしい。
同じ研究には、もうひとつの課題が含まれていた。「いつもと比べて、時間はどれくらいの速さで過ぎていると感じるか」を答える課題だ。
高用量群の答えは、**「いつもより速く過ぎている」**だった。
並べてみると奇妙に見える。片方の課題では区間を長めに答え、もう片方では「時間が速く過ぎた」と答えている。長いのか、速いのか。
ここが、この研究のいちばん見どころだ。著者らはどちらも内的時計の加速から出てきたものとして結論に書いている。結論部を訳すと、こうなる。
今回の結果は、高用量のアルコールが内的時計の速度を上げ、それが前向きタイミング課題での持続時間の過大評価と、時間がいつもより速く過ぎるという感覚をもたらすことを示唆している
刻みが速く溜まるのだから、「今の区間はずいぶん長かった」とも答えるし、「ずいぶん時間が経った=速く過ぎた」とも感じる。矛盾しているのではなく、同じ加速を二つの角度から見ているわけだ。
補強材料もある。この実験には**あとから振り返って長さを答える課題(回顧的タイミング)**も含まれていたが、そちらにはアルコールの効果が出なかった。回顧的な判断は内的時計の出力を使っていないと考えられており、「狂ったのは内的時計だ」という説明と噛み合う。
念のため補足しておくと、この二つは一般に、別の認知的・神経的な仕組みに支えられていると考えられている。
- 持続時間の判断——「今の区間は何秒だったか」。1〜2秒程度の短い区間に、目盛りを当てる作業。
- 時間経過の判断——「時間がいつもより速く/遅く過ぎている気がする」。目盛りではなく、体感の速度そのもの。
シルヴィ・ドロワ゠ヴォレとジョン・ウェアデンは2016年に Frontiers in Psychology で、若年14名・高齢13名の計27名にスマートフォンで不意に通知を送り、その場で両方を答えてもらう経験サンプリング法を用いた。結果、。
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言語的な見積もりも時間産出課題の結果も、時間経過の判断とは有意に共変しなかった
オグデン自身、2022年の論文でこの知見を引きながら「二種類の判断は異なる仕組みに支えられていると考えられる」と書いている。そのうえで同じ考察には、こうもある——認知的・神経的な基盤が違うにもかかわらず、物質の投与は、実験室でも現実の環境でも、短い持続時間と長い持続時間の両方の処理と体験を変えうる、と。
本来は別々に動くはずの二つが、アルコールの下では揃って同じ向きに振れる。2011年の結論と2022年の考察を並べると、そう読める。
実験室の話が、居酒屋やバーでも成り立つのか。これを調べたのが、同じオグデンとジョセフ・フォークナーが2022年に SUCHT に発表したオンライン調査だ。
136名が参加し、回答が不完全な23名を除いて分析された。参加者は「素面だった今日」と「直近でお酒を飲んだとき」について、時間の速さを7段階(1=極端に遅い〜7=極端に速い)で答える。過去6か月に飲酒したと答えたのは110名だった。
結果は、素面のときと比べて、飲酒時の時間は有意に速く過ぎたと記憶されていた(Z = 6.20, p < .001)。
分布の形も分かりやすい。素面の一日については「いつもどおり」がいちばん多い山になるのに対し、飲酒時については山が右へずれる。「いつもどおり」は2割弱にとどまり、遅い側の回答は1割に満たない。残りはすべて「速い」側に積み上がっていた。
ちなみに同じ調査では、大麻について素面との有意差はつかず(Z = 1.12, p = .26)、内訳を見ると「遅い」と答えた人が想定より多く、「いつもどおり」が想定より少なかった(χ²(6) = 15.90, p = .01)。「酔えば時間が飛ぶ」と一括りにできるわけではなく、物質によって向きが違うということでもある。
ここで一つ、著者ら自身が限界として明記していることを書いておきたい。この調査が集めたのは、飲んでいる最中の判断ではなく、後日の記憶である。「その場で時間が速かった」ことの実測ではなく、「速かったと覚えている」ことの記録だ。飲酒による記憶の変質が回答を歪めた可能性も、著者らは自分で挙げている。
著者らは当初、1回に多く飲む人ほど時間の歪みが大きいだろうと予想していた(使用頻度についても予測因子になると見ていたが、向きについては「読めない」と書いている。頻度が高いほど歪むという筋道と、耐性がついて歪まなくなるという筋道の両方が立つためだ)。ところが——
- 飲酒の頻度との相関:r = .01(p = .97)
- ふだん1回に飲む平均量との相関:r = .08(p = .45)
- 抑うつ・不安・ストレスとの相関:いずれも有意でない
年齢・性別・気分・頻度・量を投入した順序回帰も、モデルとして成立しなかった(χ²(7) = 5.73, p = .57)。
ここは正確に書いておきたい。測られているのは「ふだん1回にどれくらい飲むか」を人ごとに比べた関係であって、その晩に実際どれだけ飲んだかは記録されていない。だから言えるのは「普段よく飲む人・普段たくさん飲む人ほど時間が歪む、という関係は見られなかった」までで、「その晩に飲んだ量は関係ない」ではない。
さらに著者らは、もうひとつの可能性を併記している。飲酒量の自己申告はそもそも不正確になりやすく(忘却や社会的望ましさのバイアスがある)、そのせいで量の効果が見えなくなっただけかもしれない、と。
同じ論文の考察に、飲み手として少し背筋が伸びる一節がある。著者らは、時間が速く過ぎる感覚そのものが、摂取量を押し上げている可能性を指摘している。
理屈はこうだ。時間が速く過ぎていると感じているとき、人は「前の一杯からずいぶん経った」と実際より長く見積もる。すると次の一杯が早くなり、一度の席での総量が増える。
ただし著者らはこれを speculative(推測の域) とはっきり断っている。飲酒中にリアルタイムで測った研究がまだないためだ。「証明された仕組み」ではなく「筋の通る仮説」として受け取るのが正確だろう。
なお同じ調査は、素面のときの時間感覚について、その物質を使う人と使わない人で差が検出されなかったとも報告している。歪むのは使っているあいだだけかもしれない、という含みだ。ただしこの比較は大麻・コカイン・MDMAについてのもので、アルコールでは実施できていない——「これまで飲酒したことがない」と答えた人が3名しかおらず、比べる相手がいなかった。加えて著者ら自身、コカインとMDMAについてはこの種の解析の検出力が足りなかったと認めている。
ここまで数字を並べてきたが、アルコールと時間知覚の研究全体は、きれいに一方向を向いていない。
2021年に Neuroscience & Biobehavioral Reviews に載った系統的レビューは、PICOSの手順とPRISMAの指針に沿って31本の研究を精査し、対象を4つの集団——急性のアルコール酩酊、ビンジ飲酒・大量飲酒をする人たち、重度のアルコール使用障害、コルサコフ症候群——に分けて整理している。
そのうえでの総括はこうだ。急性の酩酊については、時間を過大評価するという報告と過小評価するという報告の両方がある。ビンジ飲酒・大量飲酒をする人たちについては、(酩酊時に限らない)時間知覚への直接の影響が見られない。重度のアルコール使用障害では結果が食い違う。唯一はっきりしているのがコルサコフ症候群で、こちらは時間知覚が全般的に損なわれていた。そして方法論上の限界から、確たる結論は導けないと明記されている。
レビューが示した見立ては「アルコールは常に時間を歪める」ではなく、特定の認知過程が消耗したときにだけ影響が出る、というものだった。
つまり「アルコールは時間をこう歪める」と一本の矢印で言い切れる段階ではない。この記事が拠り所にした2本も、どちらも第一著者はオグデンで、同じ研究室から出ている。少なくともこの2本では同じ向きの結果が出ている、という以上のことは言えない。
それでも、飲み手にとって実用上意味のある部分は、たぶん薄まらない。飲んでいるあいだ、時間の感覚は素面のときと同じようには働かないらしい。向きや大きさが条件次第だとしても、「そのまま信用してよい計器ではない」という点は残る。
時間の感覚が信用できないなら、外側に基準を置くしかない。厚労省のガイドラインが挙げている工夫は、この文脈で読むと妙に腑に落ちる。
ガイドラインは「あらかじめ量を決めて飲酒をする」を挙げている。時間で管理しようとすると、その時間の感覚自体が狂っているので破綻する。時間ではなく杯数で、座る前に決めてしまうほうが、はるかに機能する。
決めるときの目安も、ガイドラインが数字で示している。生活習慣病のリスクを高める量は、1日当たりの純アルコール摂取量で男性40グラム以上、女性20グラム以上。40度のウイスキーなら、女性の20グラムはダブル1杯強で届いてしまう。
そして、1回の飲酒機会で純アルコール60グラム以上の「一時多量飲酒」(特に短時間の多量飲酒)は、外傷の危険性も高めるため避けるべきとされている。こちらはダブル3杯強にあたる。
ここで思い出しておきたいのが、この記事の前半で換算した数字だ。時間感覚が歪んだ実験の高用量(0.6 g/kg)は、体重60キロならダブル2杯ぶんだった。つまり時間が当てにならなくなる領域は、「決めておく量」として現実的な範囲と、きれいに重なっている。決めるのが早すぎるということはない。
その二、同じ「1杯」でも中身が違うことを知っておく。(ここはガイドラインの項目ではなく、この記事からの追加だ)
ダブル1杯という数え方は便利だが、度数を掛け忘れると意味を失う。同じ60mlでも、
- 37度なら純アルコール約18グラム
- 51度なら純アルコール約24グラム
と、1杯あたりで7グラム近くちがう。3杯飲めば差は20グラムを超え、37度のダブル1杯分より大きくなる。
たとえばこの2本は、どちらもニッカの定番でありながら、度数がこれだけ離れている。
ブラックニッカ クリアBlack Nikka Clear
🇯🇵 日本 ・ 余市蒸溜所ほか ・ ブレンデッド ・ NAS ・ 37%
同じ作り手の棚のなかですら、1杯の重さは4割ほど違う。度数の考え方そのものはウイスキーの度数ガイドに、37度のボトルが日本に多い事情はこちらにまとめている。
その三、濃度を下げて、一杯を長く持たせる。
ガイドラインは「飲酒の合間に水(又は炭酸水)を飲むなど、アルコールをゆっくり分解・吸収できるようにする」として、水などを混ぜて度数を低くすること、少しずつ飲むことを例に挙げている。ウイスキーの世界では、これはそのままハイボールや水割り、トワイスアップのことだ。
ひとつ注意しておくと、割っても、注ぐウイスキーの量が同じならグラム数は変わらない。効いてくるのは吸収の速さと、一杯が持ちこたえる時間のほうである。
しかもウイスキーの場合、薄めることは我慢ではない。加水は香りを開かせる方向に働くので、水を一滴落とすと香りが立つのは理にかなっている。トワイスアップや水割り、ハイボールの黄金比は、味の話であると同時に、一杯を長く持たせる技術でもある。
角瓶のように、炭酸で割っても香りが痩せないことを前提に組み立てられた一本なら、薄めても物足りなさが出にくい。
角瓶Suntory Kakubin
🇯🇵 日本 ・ 山崎蒸溜所ほか ・ ブレンデッド ・ NAS ・ 40%
その四、食事と一緒に。
ガイドラインは「飲酒前又は飲酒中に食事をとる」も挙げている。血中のアルコール濃度が上がりにくくなるためで、空腹で飲むと効く理由の裏返しにあたる。
その五、時計を見る。(これもガイドラインにはない、この記事からの追加)
身も蓋もないが、狂っているのが内側の物差しなら、外の時計を見れば済む。一杯目を置いたときに時刻を確認し、あとは思い出したときに一度か二度見ればいい。「まだこんな時間か」と思う瞬間が、たぶんこの記事でいちばん役に立つ。
- 高用量のアルコールを飲むと、短い区間は「長かった」と見積もられる。著者らの解釈は「内的時計の速度が上がった」
- 同時に、「時間がいつもより速く過ぎた」とも感じる。原典は、この二つがどちらも同じ加速から生じたものと示唆している(本来は別系統とされる判断が、揃って同じ向きに振れる)
- 実際の飲酒場面についての回想でも、時間は素面より有意に速く過ぎたと記憶されていた(Z = 6.20, p < .001)
- ただし、普段の飲酒量でも頻度でも予測できなかった。その晩に飲んだ量は測られておらず、自己申告の不正確さで見えなかった可能性も残る
- 「速く過ぎる」感覚が次の一杯を早めている可能性は、著者自身が推測と断っている段階
- 分野全体としては結論が割れており、確かなのは**「飲んでいるあいだ、時間の感覚をそのまま信用してよいとは限らない」**という一点
酒場の時間が速く溶けるのは、その席が楽しかったことの裏返しでもある。責めるような話ではない。
ただ、楽しさの度合いを、時間の感覚で測るのはやめたほうがいい。時間はわりあい早いうちに狂う計器で、しかも本人には狂ったように見えない。
杯数を先に決めて、水を挟んで、たまに時計を見る。そのうえで溶けていく時間は、たぶんもっといい時間になる。バーで飲むウイスキーがなぜうまく感じるのかも、音が味の感じ方を変えることも、一杯で外国語が口から出てくることも、結局は同じことを言っている。あの席で変わっているのは酒ではなく、こちら側なのだ。
角瓶Suntory Kakubin
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