なぜビールは16歳で飲めて、ウイスキーは18歳なのか——酒の種類で線を引く国と、アメリカの「21歳」を決めた道路予算
ドイツでは16歳でビールが飲めるのに、ウイスキーは18歳まで待たされる。アメリカの21歳は健康ではなく道路予算で決まり、日本の20歳は成年年齢が18歳になっても動かなかった。国ごとに違う「飲める年齢」の線を、各国の法律からたどる。
蒸溜所の受付で、年齢を訊かれることがある。スコットランドでも、ケンタッキーでも、日本でも。だが「何歳ならいいのか」の答えは、国境を越えるたびに変わる。しかも変わり方が、単純に早い・遅いだけではない。
ドイツでは、16歳の高校生がビールを買って飲める。同じ店で同じ日に、ウイスキーは売ってもらえない。18歳まで待たなければならない。ひとつの国のなかで、酒の種類によって線が二本引かれている。
この記事では、その線がどこに、なぜ引かれたのかを、各国の法律とその成り立ちからたどる。読み終えると、旅先の蒸溜所で身分証を求められたときに、「なぜここだけこうなのか」がわかるはずだ。
ドイツでは、ビールは16歳、ウイスキーは18歳
ドイツの青少年保護法(Jugendschutzgesetz)第9条は、酒をはっきり二つに分けている。
ビール、ワイン、ワイン類似飲料、スパークリングワイン、およびそれらと清涼飲料を混ぜたものは、16歳未満に提供してはならない。そして「その他のアルコール飲料」と、それをわずかとはいえない量で含む食品は、18歳未満に提供してはならない。
条文の書き方が面白い。度数の数字も、「蒸留酒」という語も、実は一度も出てこないのだ。ビール・ワイン・ワイン類似飲料・スパークリングワインという名指しされた種類の外にあるものを、まとめて18歳側に置くという作りになっている。だからウイスキー、ジン、ラム、ウォッカはもちろん、度数の低いリキュールや、蒸留酒ベースの缶入りカクテルも18歳側に落ちる。
さらに例外がある。14歳以上の少年少女は、親権者が同伴していればビールやワインを飲んでよい。ただしこの「同伴飲酒」には廃止の動きがある。2025年9月には連邦参議院が廃止を求める決議を採択し、2026年3月には連邦家族省が、子ども・青少年支援の改革法案の一部として廃止を盛り込んだ省案を公表した(本稿執筆時点では法案準備の段階で、成立はしていない)。同伴飲酒には保護的な効果ではなく、むしろリスクの高い飲み方を後押しする効果がある、という研究上の指摘が根拠とされている。
いずれにせよ、蒸留酒が置かれている18歳という線のほうは、議論の対象になっていない。
「強い酒だけ後回し」は、かつて広く共有された考え方だった
ドイツの二段構えは、いまでこそ珍しく見える。だが少し前まで、これはヨーロッパでは特別な設計ではなかった。
フランスがそうだった。2009年7月21日のいわゆるHPST法(病院・患者・健康・地域に関する法律)が、酒類の販売禁止年齢を一律18歳へ引き上げている。それ以前のフランスの規則は、若者の年齢と、酒を度数で区切った「群」の組み合わせで決まる込み入ったもので、たとえばビールは16歳以上になら売ってよかった。2009年の改正は、その組み合わせ表をまるごと捨てて、「18歳未満には、売る場所も酒の種類も問わず販売しない、無償でも提供しない」に置き換えた。違反には7,500ユーロの罰金が科される。
イギリスにも、種類による線引きの名残がある。イングランドとウェールズでは、酒を買えるのは18歳から。ただし16歳か17歳で、大人が同伴していれば、食事とともにビール・ワイン・シードルを飲むことは許されている(買うのはあくまで大人だ)。同じ趣旨の例外はスコットランドにもある。ただしいずれも着席の食事に伴う場合にかぎられ、蒸溜所の試飲カウンターには及ばない。そしてどちらの例外にも、ウイスキーは入っていない。
ドイツの条文は度数の数字を書かない。フランスの旧い分類は逆に、度数の閾値を条文に書き込んでいた。書きぶりは正反対だが、背後にある発想は同じで、強い酒を後回しにするために、条文は「度数」か「種類」のどちらかを使ったにすぎない、と見るのが自然だろう。度数の高い酒は少量で回りやすく、同じ一杯でも体への効き方が違う——という理解が、制度の側にもあった。
なぜ強い酒が少量で効くのかについては、なぜウイスキーは少しの量でもしっかり酔うのかで扱っている。
アメリカの「21歳」は、健康の議論ではなく道路予算で決まった
世界的に見ても高い部類に入る21歳という線を持つアメリカだが、この数字が全州に揃ったのは意外に新しく、1988年のことだ。しかも決め手になったのは、酒の健康影響をめぐる議論ではなく、高速道路の予算だった。
発端は、投票年齢をめぐる議論である。1971年の憲法修正第26条による18歳への引き下げに前後して、「兵役に就き、投票もできる年齢で、なぜ酒だけ駄目なのか」という理屈が力を持ち、1970年から1975年にかけて、29の州が飲酒年齢を21歳から18歳・19歳・20歳のいずれかへ引き下げた。
そこで起きたのが、「ブラッド・ボーダー(血の州境)」と呼ばれた現象だった。自分の州では飲めない若者が、年齢の低い隣の州まで車で出かけて飲み、帰り道で事故を起こす。州境をまたぐ死亡事故が繰り返し報じられ、引き下げは失敗だったという空気が広がっていく。1976年秋から1983年初めにかけて、16の州が連邦に言われる前に自ら飲酒年齢を引き上げた。21歳まで戻した最初の州は、1978年のミシガンである。ただし戻し先は21歳とはかぎらず、19歳や20歳で止めた州も多かった。
それでも足並みは揃わない。連邦政府が動いたのは1984年だ。7月17日、レーガン大統領が全国最低飲酒年齢法(National Minimum Drinking Age Act)に署名した。
この法律の巧妙な点は、飲酒年齢そのものを定めていないところにある。連邦政府にその権限はない。代わりに、「21歳未満による購入と、公共の場での所持を禁じていない州には、連邦道路資金の10%を渡さない」と定めた。この割合は、2012会計年度以降は8%に下げられている。
サウスダコタ州はこれを不服として提訴したが、1987年のSouth Dakota v. Dole判決で、連邦最高裁は合憲と判断した。連邦は州に引き上げを命じたのではなく、資金に条件を付けたにすぎない、というのが理屈である。1988年7月には、全50州とワシントンD.C.が21歳に揃った。最後まで残ったのはワイオミング州だった。
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