なぜワイルドターキーは「101プルーフ」を貫くのか——七面鳥狩りに持ち込まれた一本と、樽を70年見つめ続けた男
度数40%が標準の世界で、ワイルドターキーは50.5%——101プルーフを80年以上守り続ける。七面鳥狩りに持ち込まれた一本から生まれた名前と、「薄めない」造りの哲学、ラッセル親子三代の物語をたどる。
スーパーの洋酒売り場で、ひときわ無骨なラベルが目にとまる。羽を広げた七面鳥と、「101」という中途半端な数字。ウイスキーの度数は40%が世界の標準なのに、ワイルドターキーの看板ボトルは50.5%——101プルーフを80年以上守り続けている。なぜ100でも105でもなく、101なのか。この記事では、七面鳥狩りに持ち込まれた一本から生まれたブランドの起源と、この数字に込められた造りの哲学、そして樽を70年以上見つめ続けてきた一人の職人の話をたどる。
七面鳥狩りに持ち込まれた一本
舞台はケンタッキー州ローレンスバーグ近郊のタイロン。19世紀末にトーマス・リッピーが蒸溜所を構えて以来、リッピー家がバーボン造りを営んできた土地だ。当時この蒸溜所の原酒を仕入れていたのが、食品・酒類の商社オースティン・ニコルズ社だった。
1940年、同社の重役トーマス・マッカーシーが、仲間と出かけた野生の七面鳥狩りに、倉庫から樽出しに近い101プルーフの原酒を持参した。これが評判を呼び、翌年の狩りで仲間たちは「あのワイルドターキーのバーボンをまた持ってきてくれ」とねだったという。1942年、オースティン・ニコルズ社はこの酒を「ワイルドターキー」の名で売り出した。銘柄名が先にあったのではなく、狩り仲間のあだ名がそのまま商品名になった——そして、あの日持ち出された101プルーフという度数も、そのまま看板になった。
「101」という数字が意味するもの
プルーフはアメリカのウイスキーに使われる度数表記で、数値のちょうど半分がアルコール度数を表す。つまり101プルーフは50.5%。この表記の由来は「なぜアメリカのウイスキーは度数を『プルーフ』で表すのか」で詳しく書いたが、ワイルドターキーにとって101は単なる高アルコールの誇示ではない。
鍵は「加水の少なさ」にある。バーボンは法律上、160プルーフ(80%)まで蒸留でき、樽詰めは125プルーフ(62.5%)まで認められている。ワイルドターキーはスチルを出る原酒がおおむね120プルーフ台、樽入れは115プルーフと、どちらも意識的に低い水準に抑えているとされる。度数を上げすぎないから、101プルーフで瓶詰めする際の加水は最小限で済む。樽入れ度数が低いほど原酒は樽の影響を受けやすく、香味が豊かに残るとも言われる。樽の中で育った味を、できるだけ薄めずに届ける——101はそのための設計図であり、あの骨太で密度のある味わいはこの「薄めない」設計の産物なのだ。
かつて107プルーフだった樽入れ度数を2004年に110、2006年に115へ引き上げたことはある。だがそれも味が変わらないことを確かめながらの段階的な変更で、認められた上限の125までは決して上げていない。効率だけを考えれば、上限いっぱいの度数で樽に詰めて出荷時に多く加水するほうが得なのに、この頑固さである。

樽を70年以上見つめ続けた男
その頑固さを体現してきたのが、マスターディスティラーのジミー・ラッセルだ。蒸溜所から数マイルの場所で育った彼は、1954年9月10日、床掃除の仕事からこの蒸溜所で働き始めた。1960年代にマスターディスティラーとなり、2024年には在職70周年を迎えた。現役のマスターディスティラーとして蒸留酒業界で最も長くその職を務める人物であり、その穏やかな人柄から「バーボンのブッダ」と呼ばれる。
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