本文へ移動ウイスキーは歯を溶かすのか——pHを測ると3.80。それでも研究者が「酸蝕性なし」と結論した理由 | Malt Note「ウイスキーは酸性だから歯が溶ける」。そう書いた歯科医院のコラムを、検索するといくつも見かける。pHは5.0くらい、と数字を添えているものもある。
ところが、実際に市販品を測った論文を開いてみると、そこに載っていた数字はもっと低かった。しかも研究チームは、より酸性だと分かったうえで、そのウイスキーを「酸蝕性の可能性なし」に分類していた。
この記事では、ウイスキーと歯のあいだで何が測られ、何が測られていないのかを、一次資料の数字まで降りて確認する。先に結論を書いてしまえば、気にすべきは酸の強さではなく、飲む量と、口に置いている時間のほうだ。
2020年、ブラジルの歯科研究チームが市販のアルコール飲料13種について、pH・滴定酸度・緩衝能を三重測定して比較している。そこに含まれていたウイスキー(銘柄はティーチャーズ)の値は、初期pH 3.80だった。
歯のエナメル質が溶け始める境目、いわゆる臨界pHは5.2〜5.5とされる。3.80はそれをはっきり下回る。数字だけ見れば、ウイスキーは立派な酸性飲料である。
もっとも、これはウイスキーが特別なのではない。米国で流通する飲料379種を測った2016年の調査では、93%(354種)がpH4.0未満だった。pH3.0未満の「極めて酸蝕性が高い」区分に39%(149種)が入り、酸蝕性なしと判定されたのはわずか7%(25種)にすぎない。北米で売られている飲みものは、そもそもほとんどが酸性なのだ。
なお、ここで測られたウイスキーは13種のうちの1銘柄である。「ウイスキーのpHは3.80」と一般化できる話ではない、という前提は最初に置いておきたい。
ティーチャーズ ハイランドクリームTeacher's Highland Cream
🏴 スコットランド ・ アードモア蒸留所ほか ・ ブレンデッド ・ NAS ・ 40%
同じブラジルの研究は、そのウイスキーを酸蝕性の可能性なしと結論している。pHが4.0を下回っていたにもかかわらず、である。
理由は滴定酸度にある。pHは「いま水素イオンがどれだけ濃いか」を示す指標で、酸そのものがどれだけ入っているかは表さない。唾液が中和しにかかったとき、酸の総量が少なければ、pHがいくら低くても短時間で押し戻される。
このウイスキーの滴定酸度は0.04 mmol/L(NaOH換算)、つまりpH5.5まで中和するのに要したアルカリの量はごくわずかだった。研究チームは、酸の量も緩衝能もコーラより小さく、唾液が中和するのに困らない、という趣旨を述べている。逆に一部のビールやアルコポップは、低いpHに高い滴定酸度が組み合わさっており、こちらは酸蝕性ありと分類された。
レモンをかじるのと、レモン水をひと口飲むのとでは、口の中で起きることが違う。ウイスキーは後者に近い。
ただしこれは試験管内の物理化学的な測定で、しかも1銘柄を三重測定した値である。歯そのものを溶かして確かめた実験ではない。
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では、実際の歯を浸したらどうなるのか。この形式の研究——抜いた歯や試片を飲料に浸し、表面の硬さや溶け出したミネラルを測る in vitro 研究——は、ワインやビールについては複数ある。
たとえば2003年、ヒトの小臼歯30本をボルドー産赤ワイン(pH3.9)に浸し、ビッカース微小硬度を測った研究がある。浸漬時間は10秒・30秒・90秒・120秒。90秒までは微小硬度に統計的な有意差が出ず、120秒の条件で有意な低下が現れた。ただし著者らは、90秒の時点でも電子顕微鏡では軽度の脱灰の兆候が見えたと書いている。
一方で、同じことをウイスキーで確かめた研究を、査読水準の確かな形では見つけられなかった。アルコール飲料を扱った酸蝕研究の主役はビール・ワイン・アルコポップで、ウイスキーは物理化学的な測定(前節)までは登場するが、歯を実際に浸す段になると対象から外れていることが多い。
つまり「ウイスキーは歯を溶かす/溶かさない」を、歯そのもので確かめたデータは、思っているより手薄である。
そしてこの手の実験は、歯を原液に浸けっぱなしにする静置浸漬で、人が酒を飲む行為の再現ではない。短い接触が何度も積み重なったときにどうなるかは、この設計では分からない。それでも、同じ飲料・同じpHで接触時間だけを変えて差が出た、という一点は覚えておく価値がある。
2013年、インドの歯科大学(ウダイプルのDarshan Dental College)で行われたパイロット研究が、健康な男性36人を12人ずつウイスキー・ビール・ワインの3群に分け、飲む前と直後の唾液を採取している。量は体重1kgあたり純アルコール0.7gで、15分で飲み切らせた。体重70kgなら約49g——40%のウイスキーに換算しておよそ155ml、ダブル2杯半を15分で空ける計算になる。
- ウイスキー 6.58 → 5.45(−1.12)
- ワイン 6.53 → 5.39(−1.13)
- ビール 6.44 → 4.68(−1.75)
ウイスキーとワインは実質的に同じで、ビールだけが大きく下がっている。群どうしの比較で有意差が確認されたのも、ビール対ウイスキーの組み合わせ(p=0.045)だけだった。ウイスキーとワインのあいだの0.01の差に意味を持たせることはできない。
ここで注意がいる。この研究、ウイスキーだけ蒸留水で1対2に割って飲ませている(液量にして約465ml)。ビールとワインは原液のままだ。つまり3つの飲みものは、そもそも同じ条件で比べられていない。「水割りだから穏やかだった」と読みたくなるが、それは希釈という交絡を長所に読み替えているだけで、この研究からは言えない。
同じ研究は、唾液中のカルシウムがウイスキー群だけ大きく増えた(47.77→62.91、p=0.0001)ことを根拠に、結論で「ウイスキーだけが歯の表面からカルシウムを溶出させた」と書いている。ビール群は横ばい、ワイン群は増えたが有意ではなかった。
この主張には、支える材料と、崩す材料の両方がある。
支える側から先に書く。無機リン酸では群間差が有意で、ウイスキー群の増加はビール群・ワイン群のいずれよりも大きかった(ともにp=0.0001)。歯のミネラルはカルシウムとリン酸でできているから、両方が増えたことは著者の解釈と整合する。
ひとつ。肝心のカルシウムでは、群どうしの差が確認できていない。 カルシウムの表の脚注で有意差が記されているのは、ビール対ワインの組み合わせだけである。本文にはウイスキー群が他の2群より有意に大きいと書かれているが、添えられたp値は無機リン酸の表の脚注の値と一致しており、表と本文が食い違っている。
ふたつ。「ウイスキーだけ」という枠組みも一枚岩ではない。 無機リン酸はワイン群でも有意に増えていた(+5.65、p=0.001)。
みっつ。唾液のカルシウムが増えた=歯が溶けた、とは限らない。 著者自身、この研究で使ったミネラル喪失の定量法は技術的に先進的ではないと断っている。加えて、飲酒後は唾液の分泌量そのものが変わる(後述)。流量が変われば濃度も動くので、濃度の上昇を歯からの溶出とだけ読むことはできない。
よっつ。先行研究とは向きが逆である。 2001年にフィンランドで行われた研究では、24人が体重1kgあたり0.6〜0.7gのアルコールを摂取したあと、唾液のカルシウム濃度はむしろ低下した。ただしこちらはアルコールを清涼飲料に混ぜて飲ませており、ウイスキーではない。しかも同じ研究で刺激時唾液の分泌量そのものが有意に減っているため、濃度の増減は流量の変化に引きずられる。単純な反証というより、「測り方とタイミングで結果が変わるテーマだ」と受け取るのが妥当だろう。
要するにこれは、1群12人・非飲酒対照群なし・全員男性・検出力計算なしという、著者自身が挙げた限界のうえに立つ暫定的な所見である。「ウイスキーは歯を溶かす」とも「溶かさない」とも、この研究だけでは言い切れない。
酸蝕(酸で直接溶ける)と虫歯(細菌が糖を分解して酸を出す)は、別の現象だ。そして後者について、ウイスキーには虫歯を起こす条件のひとつが欠けている。糖質がほぼゼロだからである(→なぜウイスキーは「糖質ゼロ」なのか)。
口の中の細菌に与える餌がない、というのは思っている以上に大きい。甘いリキュールや加糖のチューハイと同じ土俵で語れる飲みものではない。カロリーと糖質の整理はウイスキーは太る?にまとめてある。
ただし虫歯のリスク因子は糖だけではない。唾液が減れば、糖がなくてもリスクは上がる。その話は後の節で扱う。
炭酸水は酸性だ——これ自体は正しい。ポルトガルで市販ボトル水105銘柄・525検体を測った2022年の研究では、炭酸水の平均pHは5.46(4.22〜6.51)、無炭酸水は6.81(5.02〜9.61)だった。炭酸水32銘柄のうち10銘柄が、エナメル質の脱灰の目安とされるpH5.2を下回っている。
この研究はもうひとつ、歯根が露出した部分(根面象牙質)の臨界pHを6.8としており、その基準では炭酸水は32銘柄すべてが下回っていた。ただし無炭酸水でも6.8を超えたのは73銘柄中31にとどまる。歯ぐきが下がって根元が見えている人にとっては、炭酸の有無より銘柄ごとの幅が大きい、という以上のことはこの数字からは言えない。
一方で、炭酸は水に二酸化炭素が溶けてできる弱い酸で、揮発しやすい。酸の総量としては小さいと考えられるが、炭酸水の滴定酸度をウイスキーと同じ条件で測った数字までは確認できていない。ここは断定を避けておく。
そのうえで、実際に効いてくるのは次の二つだと思う。
レモンや酸味料を足すかどうか。 クエン酸が入れば、酸の総量そのものが変わる。「炭酸水」と名のつくものでも、香料と酸味料の入ったフレーバー飲料は別物と考えたほうがいい。割り材の選び方はウイスキーを割る「水」と「炭酸水」の選び方に詳しい。
どれだけ長く口に置くか。 先の赤ワインの実験は連続浸漬なので、ちびちび飲みの積算にそのまま当てはめることはできない。それでも、接触時間が効く変数であること自体は動かないだろう。同じ1杯でも、2時間かけて舐めるように飲むのと、食事と一緒に飲み切るのとでは、口の中が酸性でいる時間がまるで違う。ゆっくり飲むことが響くのは、肝臓に対してだけではない。
角瓶Suntory Kakubin
🇯🇵 日本 ・ 山崎蒸溜所ほか ・ ブレンデッド ・ NAS ・ 40%
ウイスキーにタンニンはある。樽由来だ。オーク材のエラジタンニン(カスタラギン)が酸化してできる「ウイスキータンニンA・B」という化合物が、2008年に単離・構造決定されている。色の一部も、この樽からの抽出物に由来する(→無着色(カラメル色素不使用)/チャーとトースト(樽の焼き加減))。
歯の着色は、色素(クロモゲン)がタンニンを糊のようにして歯の表面のペリクルに貼りつくことで起きる、と説明される。原理のうえで、ウイスキーにその条件が揃っていないとは言えない。
実際、ウイスキーが色を残すことを測った研究はある。ただし対象は天然の歯ではなく、詰め物に使うコンポジットレジンだ。2010年の研究では、5種類のレジン試片をジョニーウォーカー レッドラベル250mlに37℃で24時間浸し、色差(ΔE*)が2.0〜9.5と測定された。知覚できる色変化の目安はΔE* 3.3以上とされるから、条件によっては見て分かる着色が起きる。
ΔE*の数字だけなら、同じ研究でタバコの煙にさらした群(7.0〜18.0)のほうが大きく、ウイスキー単独は穏やかな部類だった。ただし最大だったのは、ウイスキーに浸けてから煙にさらした群(22.8〜31.5)である。著者らはその理由を、アルコールがレジンの樹脂部分を軟化させて未反応の成分を溶かし出すため、そこへ煙の色素が入り込みやすくなるからだと説明している。ウイスキーの役割は「色を付ける」だけではない、ということになる。
なお煙→ウイスキーの順(4.9〜16.5)は、順位としては煙単独を下回る。ただし材料とシェードごとの検定では、この二つに差が出ない組み合わせが10通り中7通りあり、順序の逆転そのものを強い所見として扱うことはできない。
一方で、エナメル質そのものへの着色力を、紅茶・コーヒー・赤ワインと同じ条件で比べたデータは見つけられなかった。飲料の着色力を比べた歯科研究で強かったのは紅茶と赤ワインで、ウイスキーは対象に入っていない。参考までに、赤ワインの総ポリフェノールは成分データベースの集計で100mlあたり約215mg(=2g/L超)とされるが、ウイスキーのタンニン量を同じ方法で測って並べた数字は見当たらなかった。色が濃いことと歯に色が残ることも、本来は別の話である。
ここまでは歯そのもの(硬組織)の話だった。だが口の中には、歯を守る唾液があり、歯ぐき(歯周組織)があり、粘膜がある。ここから先は、話の向きが変わる。
歯を守る側が弱る。 2001年の研究では、アルコール摂取後に刺激時唾液の分泌量が有意に低下した(安静時の唾液は変わらなかった)。唾液は酸を中和し、ミネラルを歯に戻す役割を担う。糖質ゼロという利点も、唾液が働いていることが前提である。なお前述のとおり、この研究で飲ませたのはウイスキーではなく、清涼飲料に混ぜたアルコールだ。
歯周炎のリスクが上がる。 ドイツの地域住民コホート(1,285人、追跡期間の中央値5年)では、1日10gの飲酒を基準にすると、30gで1.08倍(95%信頼区間1.06–1.10)、60gで1.23倍(1.17–1.28)、中等度以上の歯周炎を発症しやすかった。5年間で、解析対象1,282人のうち282人——およそ2割が発症している集団での1.23倍である。この60gは酒類を問わない総エタノール量だが、目安として40%のウイスキーなら約190ml——ダブル3杯強を毎日、という水準になる。著者らは喫煙歴の残差交絡や選択バイアスの可能性を自ら挙げているが、向きとしては一貫している。
がんのリスク。 アルコール飲料は、口腔・咽頭・喉頭・食道のがん(および肝臓がん)について十分な証拠があるとして、IARC(国際がん研究機関)のグループ1に分類されている。これは酒の種類ではなく、エタノールそのものの問題だ。
つまり、口を守りたければ、pHを気にするより先に量を見たほうがいい(→純アルコール量で考える一杯)。同じ「1杯」でも、度数が違えば体に入るエタノール量は変わる。シングル30mlなら、40%で約9.5g、37%で約8.8g。ただし差は0.7gで、1杯増えればそれだけで埋まってしまう。銘柄を替えるより、何杯飲んだかを数えるほうが効く。
ブラックニッカ クリアBlack Nikka Clear
🇯🇵 日本 ・ 余市蒸溜所ほか ・ ブレンデッド ・ NAS ・ 37%
- チェイサーを添える。 口に残った酒が水で流れ、ペースも落ちる。→なぜウイスキーは「チェイサー」と一緒に飲むといいのか
- 時間を区切る。 同じ量でも、口の中が酸性でいる総時間が短くなる。
- レモンや酸味料入りの割り材は別枠で考える。 酸の総量が変わる。
- 磨くタイミングを急がない。 酸性の飲食後すぐのブラッシングを避ける根拠として引かれる研究のひとつは、コーラで軟化させた乳歯の象牙質を試験管内で磨いたもので、直後に磨いた場合の不可逆的な喪失が最大、60〜120分後が最小だった。エナメル質でもウイスキーでもない実験だが、急がないことに実害はない。
まとめると、こうなる。酸性度と糖質という二つの物差しで見るかぎり、ウイスキーは飲みものの中で突出して危険な部類ではない。測られた1本にかぎれば酸の総量は小さく、細菌に与える糖はどの銘柄でもほとんどない。
その一方で、歯そのものを使ってウイスキーを検証したデータは驚くほど乏しい。分かっているのは、詰め物には色が残るということくらいだ。そして唾液は減り、歯ぐきは飲酒量に応じて歯周炎を起こしやすくなり、口腔から食道にかけてのがんについては、エタノールが発がん物質として分類されている。守るべきは液体の選び方ではなく、量と時間のほうだ、というのが、ここまで並べた数字の言っていることだと思う。
ティーチャーズ ハイランドクリームTeacher's Highland Cream
🏴 スコットランド ・ アードモア蒸留所ほか ・ ブレンデッド ・ NAS ・ 40%
角瓶Suntory Kakubin
🇯🇵 日本 ・ 山崎蒸溜所ほか ・ ブレンデッド ・ NAS ・ 40%
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