なぜ「一杯で赤くなる」のは東アジアの人だけなのか——80,691人ぶんを集め直した世界地図と、秋田と三重で0.246違う遺伝子頻度
ウイスキー一杯で赤くなる体質は、世界80,691人ぶんのデータを重ねても東アジア以外にほぼ存在しない。しかも日本のなかでさえ、秋田と三重では大きく違う。その分布と起源、そして飲み手が本当に知るべき数字を追う。
グラスに同じウイスキーを同じ量だけ注いでも、それが体をどれだけの速さで通り抜けるかは、飲む人によってまるで違う。ひと口で耳まで赤くなる人がいて、その隣には顔色ひとつ変えない人がいる。
その仕組み——アセトアルデヒドという中間物質と、それを分解する ALDH2 という酵素の話——は別の記事で書いた。ここで追いかけたいのは、その先にある奇妙な事実のほうだ。
この体質は、世界を見渡してもほぼ東アジアにしか存在しない。 しかも日本のなかでさえ、地域によってはっきり偏っている。
なぜ、そんなことになったのか。
8万人ぶんを集め直しても、色がつくのは東アジアだけだった
2009年、イェール大学と復旦大学などの国際チームが、この変異(ALDH2*504Lys、rs671)の世界地図を描き直した。86集団4,091人を新たに調べ、それまでに各国語で発表されていた366集団・80,691人ぶんのデータを集め直して重ねた、当時としては群を抜いて解像度の高い分布図だ。
結論は、身も蓋もない。
この対立遺伝子は、東アジアを除く世界のあらゆる地域で事実上存在しない。(Li ら, Annals of Human Genetics, 2009)
ピークは中国の東南部にあった。福建省長汀県の客家で40.9%——ただしこれは「人の割合」ではなく対立遺伝子の頻度で、少なくとも一方の親から受け継いだ人の割合に直すと6割を超える計算になる。論文自身も、保因者で見た地図は対立遺伝子の地図よりずっと広くなる、と注意を促している。
そこからの減り方は方向によって違う。北と西へはなだらかに(上海と山東に小さな山を残しつつ)、南へは急に落ちる。東南アジア半島部では低頻度、島嶼部ではまれになる。
日本国内で使われている数字も、この地図と矛盾しない。日本醸造協会誌に載った一覧(1996年のやや古い集計にもとづく)では、分解の遅い型(低活性型と不活性型の合計)の人の割合は日本44%、中国41%、韓国28%、フィリピン13%、インド5%、ハンガリー2%——そして西欧・中東・アフリカはいずれもほぼ0%である。
ヨーロッパのウイスキー文化が「一杯で赤くなる人」を前提にしてこなかったのは、そこに赤くなる人がほとんどいなかったからだ。
それは「南の土地の遺伝子」ではなかった
面白いのはここからだ。頻度のピークは中国東南部にある。ならば、その土地に古くから住んでいた人々が持っていた変異だろう——と考えたくなる。
ところがデータはそうなっていなかった。南部の先住系集団の頻度は、中原から南下してきた漢民族系の集団より低かったのだ。もしこの変異が南の土地で生まれたのなら、北や西へこれほど速く広がったことを説明できない。そこから著者らは、変異は南で生まれたのではなく、漢民族が各地へ広がる過程で「運ばれた」と結論している。
もっとも、これで決着したわけではない。2021年の総説(Zhang ら, Phenomics)は、中国東南沿岸に暮らしていた百越(Pai-Yuei)という古い集団に由来するという説も併記したうえで、ALDH2 遺伝子の進化はまだ解明されていない、と書いている。いつ生まれた変異なのかについても、広く合意された年代の見積もりはない。 ここは「まだ分かっていない」が正確だ。
なぜ広まったのかにも決め手はない。同じ総説は、B型肝炎ウイルスのキャリアにとって有利に働いた可能性や、チベット高地の集団では頻度が4.4%と低く(漢民族は12.2〜24.8%)、低酸素の環境ではむしろ不利だったのではないか、といった見立てを紹介している。どれも仮説の段階だ。
ただ、同じ総説によれば、この変異が生まれ、集団のなかに定着したのは、人が酒を本格的に造るようになる前のこと——だからこそ、当時は不利が目立たなかったのだという。その後どう広がったにせよ、少なくともウイスキーのような蒸留酒が現れるはるか以前の話である。ウイスキーが罰を与えるために選ばれた体質ではない。順序が逆なのだ。
日本地図の上にも、その線は引かれている
より意外なのは、国内の偏りだろう。
さきほどの2009年の論文は、日本についても一節を割いている。数字はいずれも弱いほうの遺伝子(ALDH2*504Lys)の対立遺伝子頻度で、本州の中央部に高い地域があり(千葉で34.1%)、そこから本州のおよそ30%、沖縄と北海道ではおよそ10%へと下がっていく。著者らはこれを弥生系渡来民の移動史とよく対応すると述べ、日本のこの変異は初期の弥生系の渡来民が大陸から持ち込んだ可能性が高いとしている。
ちなみに本州の0.30を「少なくとも一方の親から受け継いだ人」の割合に直すと51%になる。次に引く厚生労働省の数字と、ほぼ重なる。
その e-ヘルスネットも、日本の集団が縄文系と弥生系の二重構造を持つことに触れたうえで、こう書いている。
ALDH2欠損型の人の割合は沖縄・九州南部・東北地方では30%台以下と少なく、九州北部や京都・大阪・愛知では50%前後と多いという地域差がみられます。
別の国内調査は、県ごとの数字を出している。筑波大学の中村貴子が各都道府県100名ずつを解析した報告(日本醸造協会誌2014年の記事が第5表として引用している)によれば、こんどはで——
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