なぜブルックラディは、無泥炭から世界最強ピートまで「三つの顔」を持つのか——閉鎖から甦った、アイラの異端児とテロワールへの執念
アイラなのにスモーキーとは限らない——無泥炭のクラシック・ラディから世界一泥炭を焚いたオクトモアまで、一つの蒸溜所が極端な「三つの顔」を持つ理由を、閉鎖からの復活とテロワールへの執念から読み解く。
アイラ島のウイスキーと言えば、多くの人が「スモーキー」を思い浮かべる。ところが、その常識にまるで当てはまらない蒸溜所がある。ブルックラディだ。しかもこの蒸溜所は、煙をまったく焚かない一本から、世界で最も泥炭を焚き込んだ一本までを、同じ屋根の下で造り分けている。なぜ一つの蒸溜所が、これほど極端な「三つの顔」を持つに至ったのか。その答えは、一度「不要」と切り捨てられ、そこから甦った蒸溜所の反骨と、「テロワール」への執念にある。
一度「不要」と捨てられた蒸溜所
ブルックラディは1881年、ハーヴェイ三兄弟によってアイラ島西部・ロッホ・インダール(海に開けた入り江)のほとりに建てられた。当時としては新しい建材だったコンクリートを用い、細く背の高いスチルを備えた蒸溜所だった。だが20世紀の合併の波にのまれ、大手ホワイト&マッカイの傘下で1994年、「余剰」として操業を止められてしまう。
転機は2000年12月。ワイン商マレー・マクデイビッドのマーク・レイニアーが率いる投資家グループがこの休止蒸溜所を買い取った。彼らは、ボウモアで15歳から働いてきた伝説の職人ジム・マッキューワンを製造責任者に迎える。2001年、設備をいったんすべて解体し、19世紀のヴィクトリア朝の機械をそのまま組み直して再稼働させた。効率一辺倒の現代化ではなく、あえて古い道具を守るところから、この蒸溜所の物語は再び動き出した。
「進歩的ヘブリディーズ蒸溜所」という宣言
甦ったブルックラディが自らに掲げたのが、**「プログレッシブ・ヘブリディーズ・ディスティラーズ(進歩的ヘブリディーズ蒸溜所)」**という言葉だ。伝統の道具を使いながら、中身では誰もやらない実験を仕掛ける——その矛盾こそが彼らの旗印になった。
具体的には、着色料を一切加えず、冷却濾過もしない。多くの銘柄を、標準的な40%より高い50%前後で瓶詰めする。そして何より、「テロワール(産地の個性)」「来歴」「追跡可能性」を造りの核に据えた。仕込む大麦がどの畑で穫れたかまで語れる透明性は、ウイスキー業界ではむしろ異端だった。

Bruichladdich The Classic Laddie
🏴 スコットランド ・ ブルイックラディ蒸留所 ・ シングルモルト ・ NAS ・ 50%
無泥炭から世界最強ピートまで、三つの顔
ブルックラディの製品は、大きく三つの系統に分かれる。
一つ目は、蒸溜所の名を冠したノンピート(無泥炭)のブルックラディ。「ザ・クラシック・ラディ」に代表される、煙のないフローラルで麦の甘みが伸びる一本で、「アイラ=スモーキー」の先入観をやさしく裏切ってくれる。
このコラムの関連
関連するボトル


次に読む

なぜサントリーは約1.6兆円でジムビームを買ったのか——キリンとの統合破談から4年、「洋酒で世界へ」の賭け
2014年、サントリーは米ビーム社を負債込み約160億ドルで買収した。縮む国内市場、キリンとの統合破談、以前からの販売提携、伸びるウイスキー。発表資料と当時の報道から、日本の会社がバーボンの雄を買った理由をたどる。

なぜベンリアックは、スペイサイドなのにピートを焚くのか——65年眠った蒸溜所と、ブレンドの裏方だった「煙」
華やかなスペイサイドで、毎年「煙の季節」を設けるベンリアック。ピート蒸溜はいつ、なぜ始まったのか。公式年表と資料の食い違いを整理し、本土の泥炭が生む甘い煙と、オリジナル・テン/スモーキー・テンの飲み比べ方まで案内する。



