なぜブッシュミルズは「世界最古の蒸溜所」を名乗れるのか——1608年の許可状の正体と、別の物差しで「最古」を名乗る蒸溜所
ラベルに刻まれた「1608」は、蒸溜所の創業年ではない。ジェームズ1世が王室に仕えた一人の軍人に与えた地域の蒸留許可と、1784年に生まれた会社。そして別の物差しで「最古」を名乗るキルベガンの話。
北アイルランドの北端、ジャイアンツ・コーズウェイにほど近いブッシュミルズ村。そこに立つ同名の蒸溜所のラベルには、大きく「1608」と刻まれている。素直に読めば、この蒸溜所は400年以上ものあいだ酒を造り続けてきたことになる。
ところが、この数字が指しているのは創業年ではない。そして「最古」という称号をめぐっては、別の答えを掲げる蒸溜所が、もう一つある。
ラベルの「1608」は、創業年ではない
1608年、ジェームズ1世は、アントリム州の「ルート(the Route)」と呼ばれる地方、そしてコールレイン一帯で aqua vitae(ラテン語で「命の水」。アイルランド語のウィシュケ・バハにあたる)を蒸留する許可を、トーマス・フィリップスという人物に与えた。期間は7年、対価は年に13シリング4ペンス。記録に残っているのは、その程度のことである。
フィリップスは地元の造り手ではない。王室に仕えたイングランド人の軍人で、のちにコールレイン総督となった、いわば植民政策の当事者だった。彼自身が実際に蒸留を行ったかどうかも、はっきりしていない。
つまりこの許可状は、特定の建物や会社にではなく、一人の人物と、彼が押さえた地域に対して下りたものだった。いまブッシュミルズ蒸溜所が建つ土地は、その広い許可の範囲に含まれていた——というのが実際のところだ。
では、蒸溜所を営む会社はいつ生まれたのか。「ブッシュミルズ・オールド・ディスティラリー・カンパニー」がヒュー・アンダーソンの手で興されたのは、そこから176年後の1784年である。ブッシュミルズの歴史をめぐる混乱は、たいていこの二つの年号——ボトルに刷られた1608年と、会社が始まった1784年——を取り違えるところから始まる。
それでも、この土地には蒸留の記憶がある
では1608年はただの飾りかというと、そう切り捨てるのも乱暴だろう。
ブッシュ川の水と周辺で穫れる大麦は、公認よりも前から酒造りを引き寄せていたと伝えられる。王権が許可状を出した背景には、すでに広がっていた蒸留を管理下に置きたいという事情があった、と説明されることが多い(当時の実態を伝える史料は限られており、諸説ある)。
蒸溜所そのものの歩みも平坦ではなかった。1885年には建物の大半が火災で焼け落ち、そこから建て直されている。1889年のパリ万国博覧会では金賞を得た、と蒸溜所は伝える。第二次大戦中には操業が止まり、敷地には連合軍の兵が入った。それでもこの地が二世紀以上にわたって蒸留の場であり続けたこと自体は、揺るがない。
別の物差しで「最古」を名乗る、もう一つの蒸溜所
ブッシュミルズは、いまも公式に「世界最古の免許を持つウイスキー蒸溜所」と名乗っている。ただ、この称号を素直には認めない蒸溜所がある。アイルランド中部の小さな町に立つ、キルベガンだ。
キルベガン蒸溜所の創業は1757年。ブッシュミルズの会社設立より27年早い。そして、この蒸溜所の逸話がなんとも渋い。蒸留は1950年代に止まり、建物は長い眠りについた。それでも歴代の所有者は年5ポンドの免許料を払い続け、蒸留免許を失効させなかったのである。1982年には住民が保存会を立ち上げて設備を守り抜き、1980年代末にはクーリー蒸溜所が銘柄と施設を引き継いで、まずは熟成庫として使い始める。そして2007年——創業250周年の年に、この地でふたたび蒸留が始まった。
だからキルベガンは「アイルランド最古の、免許が途切れなかった蒸溜所」を名乗る。海外の資料では、これを「世界最古の、免許が途切れなかった蒸溜所」と紹介するものもある。
どちらが本当に最古なのか。これは事実の勝ち負けというより、「最古」を何で数えるかの問題だ。許可状が出た年か、会社が生まれた年か、それとも免許が一度も切れなかった年月か。物差しを取り替えれば、答えのほうが動く。両者がいまも別々の名乗りを続けていられるのは、そのためである。
看板の中身は、三回蒸留のモルト
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