なぜカナディアンクラブは、けなすための「カナダ産」表示で愛されたのか——デトロイト川を渡った密輸の王と、女王が認めた一杯
カナダ産と書かせて評判を落とそうとした思惑は、逆にこの一杯を「輸入物の高級酒」に変えた。禁酒法の密輸、女王の御用達、日本の水割り——カナディアンクラブが愛される理由をたどる。
「カナディアンクラブ」——赤いラベルのこの一本を、水割りやハイボールで飲んだ記憶を持つ人は多いだろう。日本の食卓に長く親しまれてきた定番だが、その名前が、じつはライバルが評判を落とそうとして書かせた「カナダ産」の一語から生まれたことは、あまり知られていない。この記事では、一杯のウイスキーが敵の悪意すら味方に変えていった物語と、いまも愛される理由をたどる。
クラブで飲まれた酒、樽に焼いた名前
創業者ハイラム・ウォーカーは、意外にもアメリカ人だ。マサチューセッツに生まれ、デトロイトで穀物商として成功したのち、1858年、やがて川をはさんだ対岸——カナダ・オンタリオ側に蒸溜所を構えた。のちに彼の名を取って「ウォーカーヴィル」と呼ばれる企業城下町である。
彼のウイスキーは、当時アメリカの上流階級が集う会員制クラブ(ジェントルメンズ・クラブ)で好んで供された。そこから自然と「クラブ・ウイスキー」と呼ばれるようになり、ウォーカーはその名を樽の鏡板に焼き印として押した。品質へのこだわりも徹底しており、樽でしっかり熟成させてから出荷する——「寝かせてから売る」という、当時としては先進的な姿勢を早くから打ち出していた。
「カナダ産」と書かせた思惑は、裏目に出た
クラブ・ウイスキーがアメリカ市場で売れるほど、面白くないのは地元アメリカの蒸溜業者たちだった。彼らは政府に働きかけ、「輸入ウイスキーには原産国をラベルに明記させよ」という規則を求める。「これは外国産(カナダ産)だぞ」と示せば、消費者が敬遠するだろうという狙いだった。
ところが、目論見は完全に裏目に出る。ラベルに刻まれた「Canadian」の一語は、1889年にはメインのラベルへと移され、翌1890年ごろには銘柄名そのものに組み込まれた。こうして「カナディアンクラブ」が誕生する。「カナダ産」という表示は、消費者にとってむしろ「わざわざ海を越えてくる輸入物の高級酒」という箔になった。評判を落とすはずの一語が、ブランドに格を与え、名前にまでなってしまったのである。
デトロイト川を渡った、禁酒法時代の密輸王
この立地が、次の時代に思わぬ意味を持つ。1920年に始まったアメリカの禁酒法時代、酒の製造・販売が禁じられたアメリカのすぐ対岸で、カナディアンクラブは合法的に造り続けられていた。ウォーカーヴィルとデトロイトを隔てるのは、幅の狭い一本の川だけである。
デトロイト川はたちまち密輸の一大動脈となり、全米に流れ込む密造・密輸酒のかなりの割合がこの水路を通ったと言われる。なかでもカナディアンクラブは、密輸ウイスキーの筆頭格だった。シカゴの暗黒街を仕切ったアル・カポネも顧客の一人で、ウィンザーからデトロイトへ大量のケースを運ばせた——そんな逸話も伝えられている(この種の武勇伝には誇張もつきものなので、あくまで語り草として受け止めたい)。同じ禁酒法をめぐる物語は、黄色いラベルのカティサークにも残っている。
女王が認め、日本の食卓に届いた一杯
カナディアンクラブは、英国王室からも認められている。ヴィクトリア女王の時代に王室御用達(ロイヤルワラント)を受けて以降、エドワード7世、ジョージ5世、ジョージ6世、エリザベス2世へと歴代の王室に愛され続けた。英王室のロイヤルワラントを受けた北米の蒸溜所は、ハイラム・ウォーカー社をおいて他にないという。
日本に渡ってきたのも早く、20世紀の前半にはすでに輸入されていた。すっきりと軽やかで、連続式蒸留によるグレーンを主体にライ麦由来のスパイスをまとわせたその味わいは、水割りやソーダ割りに実によく合う。とりわけ1970年代前後は、上質な輸入ウイスキーの代名詞として大いに親しまれた。現在も日本ではサントリーが正規に取り扱い、日本に入るカナダ産ウイスキーの大半をこの一本が占めている。
まとめ
カナディアンクラブの物語は、悪意や逆境すら味方に変えてきた一杯の歴史だ。評判を落とすための「カナダ産」表示は高級感に、禁酒法という壁は密輸で越えられ、女王の食卓にまで上りつめた。いま手に取る赤いラベルの向こうには、そんな痛快な来歴が透けて見える。まずはよく冷やした水割りやソーダで、この「世界の酒」の軽やかさを味わってみてほしい。もう少し腰を据えて向き合いたくなったら、熟成を重ねた一本や、へと進んでみるのもいい。
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