なぜモートラックは「ダフタウンの野獣」と呼ばれ、これほど偏愛されるのか——「2.81回蒸留」という奇妙な数字の正体
華やかなスペイサイドの中心で「ダフタウンの野獣」と呼ばれるモートラック。肉のように重厚な酒質と、謎めいた「2.81回蒸留」の正体を、コーウィー父子の設計とワームタブから読み解く。
スペイサイドといえば、蜂蜜や洋梨を思わせる華やかで飲みやすいシングルモルトの産地——そんなイメージがある。ところがその中心地ダフタウンに、「野獣(ビースト)」と呼ばれ、肉やだしのような重厚な酒質で一部の愛好家に偏愛される蒸溜所がある。モートラックだ。しかもこのウイスキーには「2.81回蒸留」という奇妙な数字がついて回る。蒸留を2.81回とは、いったいどういうことなのか。
ダフタウン最初の蒸溜所と、コーウィー父子
モートラックは1823年、ウイスキーの都と呼ばれるダフタウンで最初に免許を得た蒸溜所として誕生した。町にはのちにグレンフィディックやバルヴェニーが建つが、その先陣を切った一軒である。
転機は19世紀後半に訪れる。1867年に単独所有者となったジョージ・コーウィー、そしてアバディーン大学で医学を修め、海外で医業に就いていたその息子アレクサンダー・コーウィーが、父の病を機に1896年に蒸溜所の経営を継ぎ、独自の蒸留方式を組み上げた。医師が設計したこの「2.81回蒸留」と呼ばれる複雑な仕組みは、120年以上たったいまもほぼそのまま受け継がれている。
「2.81回蒸留」とは何か
スコッチのモルトウイスキーは、初留・再留の2回蒸留が基本だ。三回蒸留するローランドやアイリッシュもあるが、モートラックはそのどちらでもない。
秘密は、大きさも形もばらばらな複数のポットスチルの使い分けにある。なかでも要になるのが、「ウィー・ウィッチー(小さな魔女)」と呼ばれる小型の再留釜だ。他の釜が2回蒸留の原酒をつくる一方、この魔女の釜では、アルコール度数の低い"弱い"留分だけを取り出して3回蒸留する。そして各釜からの原酒を決まった比率で合わせると、全体の平均が——計算上ちょうど2.81回になる。
つまり2.81とは、2回と3回の蒸留を混ぜ合わせた「加重平均」の呼び名なのだ。度数の低い部分を念入りに蒸留し直すことで、軽い成分と重い成分の両方を一杯に閉じ込める。狙いは、複雑さと厚みの両立にある。
Mortlach 12 Year Old The Wee Witchie
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ワームタブが残す「重さ」
もうひとつ、モートラックの獣らしさを決めるのが冷却方式だ。現代の多くの蒸溜所が効率のよいシェル&チューブ式の凝縮器を使うのに対し、モートラックは屋外の大きな水槽にコイル状の銅管を沈めた**ワームタブ(虫樽)**を守り続けている。
ワームタブは蒸気が銅に触れる面積が小さい。銅は硫黄っぽい重い香気成分を削り落として酒質を軽くする働きがあるため、銅との接触が少ないほど、肉や出汁を思わせる重厚でオイリーな個性が残る。あの独特の"肉感"は、偶然ではなく設計の産物なのだ。
ブレンドの陰の主役から、単一の主役へ
これほど個性的なのに、モートラックは長らく表舞台に出てこなかった。1923年にジョニーウォーカーで知られるジョン・ウォーカー&サンズが買収して以降、その原酒の多くはブレンデッドの骨格を支える「陰の主役」として使われ、シングルモルトとして出回る量はごくわずかだったからだ。
流れが変わったのは近年である。2012年、ウイスキー評論家デイヴ・ブルームがその無骨な造りと酒質を「ダフタウンの野獣(The Beast of Dufftown)」と評し、2014年にはディアジオがプレミアムなシングルモルトとして本格的に売り出した。いまでは12年「ウィー・ウィッチー」、16年「ディスティラーズドラム」、20年「カウィーズ・ブルーシール」——造りの物語をそのまま冠したラインナップが並ぶ。
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