なぜ現代のシェリー樽は、わざわざシェリーで「仕込まれる」のか
「シェリー樽で熟成」と聞くと空き樽の再利用を思い浮かべるが、現代のスコッチではほぼ誤解だ。1981年の樽詰め輸出禁止を機に、樽はウイスキーのために数年がかりで「仕込まれる」専用品になった。その知られざる産業史を解き明かす。
「シェリー樽で熟成」と聞くと、多くの人はシェリー酒を出荷したあとの空き樽をそのまま使うのだと思っている。だがこれは、少なくとも現代のスコッチについてはほぼ誤解だ。今日ウイスキーに使われるシェリー樽の大半は、ウイスキーのためだけに、シェリーをわざわざ数年間仕込んで「味付け(シーズニング)」した専用樽である。なぜこんな手間のかかることをするのか。その背景には、ある一本の法律と、ひとつの時代の終わりがある。
かつては「輸送用の空き樽」だった
19世紀から20世紀半ばにかけて、シェリーはスペインから樽詰めのまま英国へ大量に輸出されていた。到着地で瓶詰めされると、中身を失った樽が大量に余る。この「トランスポートカスク(輸送樽)」が、たまたま近くにあった安価な中古樽としてスコットランドの蒸溜所に流れ込んだ。マッカランやグレンファークラスが築いた重厚なシェリー香の原型は、この副産物としての樽に支えられていた。つまり当時のシェリー樽は、狙って作られたものではなく、貿易の余りものだったのである。
1981年、流れが止まる
転機は1981年に訪れる。スペインの原産地呼称の規定が変わり、シェリーは原則として現地(ヘレス地域)で瓶詰めしてから出荷することが義務づけられた。樽詰め輸出が実質的に立ち行かなくなった結果、副産物としてのシェリー樽の供給はほぼ途絶えた。放っておけばスコッチは「シェリー樽」という個性そのものを失いかねない。
そこで生まれたのが、いまの「シーズニング」の仕組みだ。ヘレスのボデガが、ウイスキー業界向けに新しく組んだ樽(多くはアメリカンオーク、一部はヨーロピアンオーク)へ、オロロソやペドロ・ヒメネスといったシェリーを注ぎ、およそ最低1〜2年、長ければ数年寝かせる。目的はシェリーを熟成させることではなく、あくまで樽に風味を移すことだけ。仕込みを終えたシェリーは飲用にまわされないことも多い。
「近道」は禁じられた
供給が細るなか、かつては手っ取り早く樽に色と甘みを与える裏技も横行した。「パクサレット(paxarette)」と呼ばれる濃縮した甘口ワインを樽に注入し、瞬時にシェリー樽らしさを演出する方法である。だが1990年のスコッチウイスキー令の改正で、水とカラメル色素(E150a)以外の添加物は禁じられ、パクサレットの使用も実質的に終わった。近道が塞がれたことで、時間をかけた真っ当なシーズニングだけが残ったのだ。
樽の「正体」はオークにある
ここで見落とされがちな事実がある。シェリー樽がウイスキーに与える色や渋み、スパイシーさの多くは、じつはシェリーそのものではなく、樽材であるヨーロピアンオーク(クエルクス・ロブール等)に由来するという指摘だ。タンニンが豊富なヨーロピアンオークは、もともとシェリーを色づけ、風味づけてきた木でもある。シェリーはいわば「樽の内側を慣らす」役割で、主役は木のほうだと考えると腑に落ちる。だからこそ、どんなオークを選び、どのタイプのシェリーで、どれだけの期間仕込むかが、蒸溜所ごとの味を左右する。
グレンドロナックやグレンファークラスが今日も濃密なシェリー香を保てているのは、こうした手間のかかる専用樽を確保し続けているからにほかならない。

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