「蒸溜所」と「蒸留所」、なぜ二つの表記があるのか——法律や新聞は「留」に変わり、造り手の多くは「溜」を選んだ
山崎も余市も「蒸溜所」と書くのに、法律や新聞は「蒸留」。同じ言葉に二つの字があるのは、戦後の国語政策で「溜」が使える漢字から外れたからだ。字の意味、表記が分かれた経緯、どちらが正しいのかを解説する。
山崎も、余市も、富士御殿場も「蒸溜所」と書く。ところが新聞や教科書、そして酒税法の条文では「蒸留」だ。富山の三郎丸蒸留所のように、名前そのものに「留」を使う造り手もある。
同じ「じょうりゅう」に、なぜ二つの字があるのか。誤字でも気まぐれでもない。そこには戦後の国語政策と、造り手が守ってきた屋号の歴史が重なっている。
この記事では、「溜」と「留」の違い、表記が分かれた経緯、そしていまどちらが「正しい」のかを順に見ていく。
もともとの字は「餾」と「溜」だった
「蒸留」という言葉は、江戸後期の蘭学で、化学の操作を指す訳語として使われ始めた。『精選版 日本国語大辞典』によれば、初出として挙げられているのは宇田川榕菴の化学書『舎密開宗(せいみかいそう)』(1837〜47年)の「蒸餾」だ。
明治に入っても表記は揺れていた。同辞典は、医学や工学の用語集が「餾」を、福沢諭吉の『文明論之概略』(1875年)などが「溜」を使っていたと紹介している。つまり明治の時点で、「蒸餾」と「蒸溜」が並んで使われていたことになる。
「溜」は、しずくが「したたる」「たまる」ことを表す字だ。熱した液体から立ちのぼった蒸気を冷やし、しずくとして集める。蒸留という操作を、字の形がそのまま言い当てている。
「溜」が「留」に代わったのは戦後のこと
流れが変わったのは戦後である。1946年に告示された当用漢字表に、「溜」も「餾」も入らなかった。
使える字が限られると、表から外れた字を含む言葉は、同じ音の別の字で書き換えられるようになる。1956年には国語審議会が「同音の漢字による書きかえ」を報告し、「編輯→編集」「聯合→連合」など300以上の書き換えを示した。この報告の書きかえ例には、「蒸餾(溜)→蒸留」も挙がっている。日本国語大辞典も、「蒸留」の「留」は「餾」か「溜」が当用漢字(常用漢字)にないための代用字だと説明している。
ただし、この代用には少し無理があった。「留」は「とどまる」という意味の字だ。日本大百科全書(ニッポニカ)は、以前は「蒸溜」と書いたが、「留」では逆の意味になってしまったと指摘している。しずくが流れて集まる操作を、「とどまる」字で書くことになったわけだ。
いまも「溜」は常用漢字に入っていない
当用漢字表は1981年に常用漢字表へ切り替わり、2010年の改定で字数も増えた。それでも「溜」は入っていない。毎日新聞の校閲センターも、「溜」は当用漢字表に採用されず、常用漢字表にも入っていないとして、「溜飲」を「留飲」と書いていると説明している。
法律も同じ流れの上にある。酒税法の条文を確認すると、ウイスキーやブランデーの定義を含めて「蒸留」が繰り返し使われていて、「蒸溜」は一度も出てこない。公の文書では、「蒸留」が標準の表記になっている。
それでも造り手は「蒸溜所」と書く
一方で、ウイスキーの造り手には「溜」を使い続けるところが多い。サントリーの山崎蒸溜所、ニッカウヰスキーの余市蒸溜所、キリンの富士御殿場蒸溜所は、いずれも公式サイトで「蒸溜所」と表記している。
このコラムの関連
関連するボトル


次に読む

なぜサントリーは約1.6兆円でジムビームを買ったのか——キリンとの統合破談から4年、「洋酒で世界へ」の賭け
2014年、サントリーは米ビーム社を負債込み約160億ドルで買収した。縮む国内市場、キリンとの統合破談、以前からの販売提携、伸びるウイスキー。発表資料と当時の報道から、日本の会社がバーボンの雄を買った理由をたどる。

なぜベンリアックは、スペイサイドなのにピートを焚くのか——65年眠った蒸溜所と、ブレンドの裏方だった「煙」
華やかなスペイサイドで、毎年「煙の季節」を設けるベンリアック。ピート蒸溜はいつ、なぜ始まったのか。公式年表と資料の食い違いを整理し、本土の泥炭が生む甘い煙と、オリジナル・テン/スモーキー・テンの飲み比べ方まで案内する。







