なぜウイスキーのCMは、飲む瞬間に「喉元」を映さないのか——業界が自分に課した朝5時〜夕方6時と、25歳という線
ウイスキーやハイボールのCMで飲み下す瞬間が映らないのは、演出の好みではない。酒類業界の自主基準に「喉元アップの描写はしない」と明記されているからだ。時間帯・出演者年齢・禁じ手の中身と、その線引きが生まれた経緯をたどる。
テレビでウイスキーやハイボールのCMを見ていて、「いま、飲んだところが映らなかったな」と感じたことはないだろうか。グラスが口元へ近づく。そこで画面が切り替わり、次のカットでは登場人物がもう笑っている。喉が動くところも、飲み下す音も、出てこない。
演出の好みでそうなっているわけではない。日本の酒類業界には、自分たちで決めた細かい線引きがあり、その中に「喉元は映さない」という一行が、はっきり書かれている。
この記事では、日本のウイスキーCMを形づくっている自主基準の中身と、その線引きがどこから来たのかをたどってみたい。
法律ではなく、業界が自分に課したルール
その文書は「酒類の広告・宣伝及び酒類容器の表示に関する自主基準」という。昭和63年(1988年)12月9日に制定され、直近の改正は令和8年(2026年)7月1日。定めているのは「飲酒に関する連絡協議会」で、日本洋酒酒造組合や日本蒸留酒酒造組合、ビール酒造組合など9団体で構成されている。条文は国税庁のサイトや各業界団体のサイトで誰でも読める。
名前のとおり、これは法律ではない。破っても罰則はない。ただ、酒をつくって売る側が「ここから先には踏み込まない」と自ら宣言した線であり、実際に流れているCMを見るかぎり、その線はおおむね守られているように見える。
「喉元アップは描写しない」という一行
基準には「広告・宣伝の際使用しない表現」という項目があり、そこに次の二つが並んでいる。
- テレビ広告での喉元を通る「ゴクゴク」等の効果音は使用しない
- テレビ広告でのお酒を飲むシーンについて喉元アップの描写はしない
しかも後者には、運用の目安まで添えられている。「肩から頭部が描写されているよう配慮する」。つまり、カメラは寄りきらない。飲む瞬間そのものではなく、飲んだあとの表情や、グラスの中の氷や、隣の人の笑い声のほうへ画がずれていく——あの独特のリズムには、この一行が効いているのだろう。
同じリストには、ほかにも禁じ手が並ぶ。「イッキ飲み」等の無理強いにつながる表現、飲酒への依存を誘発する表現、妊娠中や授乳期の飲酒を誘発する表現。スポーツ時や入浴時の飲酒を推奨・誘発する表現も避けることになっている。
この項目には、読み飛ばすと気づかない注記がついている。「時」の範囲が、スポーツは直前・最中・直後、入浴は直前・最中と定義されているのだ。つまり運動のあとの一杯は基準の対象で、風呂上がりの一杯は対象から外れている。線引きは、思ったより手が込んでいる。そして体のほうの事情とも、案外そろっている——問題になるのは飲んでから湯に入る逆の順番のほうで、そちらは湯上がりの一杯は最高、でも順番を逆にしてはいけないに書いた。
朝5時から夕方6時まで、酒のCMは流れない
もうひとつ、時間の線引きがある。テレビ広告を行なわない時間帯は「5時00分から18時00分まで」。昼のワイドショーの合間に角ハイのCMが流れないのは、そういう理由による。
例外は企業広告とマナー広告だ。ただしその場合も、酒類の商品の表示と飲酒シーン——「注ぐ・嗅ぐ等の描写を含む」と、わざわざ但し書きがある——は禁止される。昼間に流せるのは企業の姿勢や注意喚起であって、商品ではない。
出演者にも条件がつく。20歳未満の人は、そもそも広告のモデルに使わない。テレビ広告ではさらに厳しく、25歳未満は使わず、25歳以上であっても「25歳未満に見えるような表現」はしない(エキストラは対象外)。CMの最後に出る「20歳未満の者の飲酒は…」の注意表示も、露出秒数まで決まっている。15秒以下の広告なら1.5秒以上、15秒超30秒以下なら1.75秒以上、30秒を超えるなら2.0秒以上だ。
なぜ、ここまで細かくなったのか
年齢や喉元の描写に関する線引きは、最初からこの形だったわけではない。
2013年12月に成立し、翌2014年6月に施行されたアルコール健康障害対策基本法をきっかけに、アルコール健康障害対策関係者会議のもとで「教育・誘引防止・飲酒運転等ワーキンググループ」が動いた。そこで、CMが若い世代に届いてしまうこと、そして飲酒シーンが依存症の当事者にとって苦痛になりうることが、それぞれ指摘される。
これを受けて業界側は検討チームをつくり、2015年8月のワーキンググループで見直し案を報告した。テレビ広告のモデルを「20歳以上」から「25歳以上」へ引き上げること——これは若年層への訴求を抑える話だ。喉元を通る効果音と喉元アップの描写をやめること——こちらは依存症への配慮にあたる。動機の異なる二つが、同じタイミングで並んだ。自主基準の条文に盛り込まれたのは、翌2016年(平成28年)7月の改正である。
描けないものが多いほど、広告は何を描くか
ここからは筆者の見方になる。日本のウイスキー広告は、そもそも「飲む快感」を正面から描くタイプの広告ではなかった。
1954年に寿屋(現・サントリーホールディングス)の大阪本社宣伝部意匠課へ入った柳原良平は、1950年代後半にテレビCMのキャラクター「アンクルトリス」を案出する。飲むほどに顔が赤らんでいく、あの中年男である。彼は1956年からPR誌『洋酒天国』の表紙も手がけた。編集を担ったのは開高健、のちにその後を継いだ山口瞳。1964年には、柳原・開高・山口らが広告制作会社サン・アドを設立している(彼らが何を売ったのかはなぜトリスは「日本人の最初のウイスキー」であり続けるのかに詳しい)。
彼らが売っていたのは、正確には酒そのものではなく、酒のある時間の輪郭だった。安い洋酒を飲む場所としてのトリスバー、そこで交わされる会話、少し赤くなった顔。喉の動きを映さなくても広告が成立するのは、日本のウイスキーが最初からそういう売られ方をしてきたからではないか、と思う。
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