なぜ密造ウイスキーの跡は、「税務官の頭」で考えないと見つからないのか——2026年、ベン・ローアズの谷で出てきた銅の継手ひとつ
2026年5月、スコットランドの山中で200年以上前の密造小屋が掘られ、銅製スチルの継手が一片だけ出てきた。それが「押収されなかった」手がかりになる理由と、丘の「黒い壺」が合法の側に席を用意されなかった事情をたどる。
スコットランドの山を歩いても、密造ウイスキーの跡はまず目に入らない。石がいくつか並んでいるだけの構造物は、羊小屋の残りにも見えるし、ただの崩れた壁にも見える。
2026年5月、ナショナル・トラスト・フォー・スコットランド(NTS)の考古チームが、その「石がいくつか並んでいるだけ」の遺構をひとつ掘った。出てきたのは、先細りになった銅合金の継手(カラー)が一片。大きな遺物ではない。それでもこの一片によって、遺構は「密造所だった」と言えるようになった。
そして発掘を率いた考古学者の説明が、ウイスキー好きにとってはとりわけ面白い。跡を見つけたいなら、密造者ではなく税務官の頭で考えろ、と言うのである。
標高1,214mの山と、「猫の湖」の下
場所はベン・ローアズ国立自然保護区。パース・アンド・キンロス、ロッホ・テイの北岸にそびえる標高1,214mの山で、スコットランドで10番目に高いマンローに数えられる。1964年に指定された保護区で、44km²あまりの範囲をNTSがネイチャースコットに代わって管理している(NTSによる土地の取得は1950年にさかのぼる)。
掘られたのは、山の東側の窪地にたまる小さな湖、ロッハン・ナン・カット(「猫たちの湖」)の近く。そこから流れ出るローアズ・バーンの源流部にあたる。
でたらめに掘ったわけではない。この一帯は以前、王立スコットランド古代・歴史記念物委員会(RCAHMS)の踏査で「密造の疑いがある地点」として記録されていた。NTSはその記録を頼りに、まだ手をつけられていなかった場所を狙って掘っている。
発掘は「パイオニアリング・スピリット」というプロジェクトの一環で、資金を出しているのはザ・グレンリベットだ。プロジェクトはこれまでに、マー・ロッジ、トリドン、ベン・ロモンド、ベン・ローアズなどNTSの管理地で30か所の密造跡を特定している。NTSの考古チームは2025年、この仕事で英国の考古誌『Current Archaeology』の「Archaeological Research Project of the Year」に選ばれた。
出てきたのは、スチルの「継手」だった
見つかった銅合金の部品は、ゲール語で An Gearradan——「つなぎの部品」と呼ばれるものだと考えられている。ポットスチルの頭(ヘッド)と、そこから横へ伸びて冷却器に向かう管(ラインアーム)とのあいだをつなぐ、首にあたる部分だ。
なぜそう言えるのか。根拠は20世紀初頭のゲール語辞典にある。そこには A Phoit-dhubh、直訳すれば「黒い壺」の図が載っていて、小型の密造スチルの各部にゲール語の名前が振られている。密造の道具には、辞書に載るだけの語彙があった。
ゲール語が地名だけでなく道具の名としても残っていることは、スコッチの銘柄名が読めない理由と地続きの話でもある。
残っていたこと自体が、「押収されなかった」手がかりになる
ここが、この発掘から出てきたいちばん鮮やかな推論だと思う。
密造スチルが税務官に見つかった場合、スチルは持ち去られて壊される。つまり押収された現場には、銅は残らない。ここは筆者の推測になるが、銅は高価な金属で、密造者にとっても再利用できる財産だったはずだ。自分たちで畳むときにも、当然持っていっただろう。
だから継手が現場に落ちていたという事実は、「押収された」でも「ゆっくり店を閉めた」でもない、第三の状況を示している。NTSの考古部門長デレク・アレクサンダーは、慌てて解体して部品を抱えて散った際に、この継手が置き忘れられたのではないかと述べている。ここは押収されずに終わった小屋だった可能性がある、というわけだ。
銅がなぜスチルの材料に選ばれるのか、その事情はポットスチルが銅でできている理由にまとめている。
「税務官の頭で考える」——立地の読み方
アレクサンダーは、19世紀初頭のこの丘での密造を「税務官と蒸留者の知恵くらべ」と表現している。そして高地で跡を探すには税務官のように考える必要がある、と続ける。
実際、この小屋の隠れ方は巧妙だ。ローアズ・バーンの一方の枝に沿って建てられ、川が刻んだ細い谷(ガリー)の、流れがわずかに曲がるところに収まっている。おかげで上流からも下流からも視線が通らない。
ここには、密造にとって逃れようのないジレンマがある。蒸留には水が要る。仕込みにも、冷却にも。だから水辺を離れられない。ところが水辺は、探す側からすれば最初に見に行く場所でもある。川沿いという条件を外せないまま、川沿いのなかでいちばん見えない一点を選ぶ——選ばれたのはそういう場所だった、と読める。
小屋は、野宿ではなかった
もうひとつ、掘って分かったことがある。この小屋は間に合わせの雨よけではない。
出てきた遺構は、しっかり造られた炉と燃焼の痕、内部の床下を通る石蓋付きの排水溝、そして屋根を支えていた木の柱だ。柱は、壁が上に崩れてきたことで埋もれて残ったらしい。
床下に排水溝を通すのは、片手間の仕事ではない。つまり道具のほうは持ち運べるのに、建物のほうはその場所で続ける前提で造られている。一度きりの隠れ場所ではなく、通ってくる作業場だった。
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