なぜポットスチルは銅でできているのか——硫黄を掴み、痩せて、20〜30年で作り替えられる器
蒸溜所の象徴、銅のポットスチル。ステンレスのほうが安く丈夫なのに、なぜ銅なのか。硫黄を掴む化学と、その代償として器が痩せていく「消耗品」としての宿命から、あの美しい釜の正体を読み解く。
蒸溜所の写真を見て、まず目に飛び込んでくるのはあの器だろう。ぷっくり膨らんだ胴に、細く伸びた首。磨かれた銅がオレンジ色に光っている。ポットスチル——ウイスキーの心臓部である。
ところで、なぜ銅なのだろう。ステンレスのほうが安く、丈夫で、掃除もしやすいはずだ。しかも意外なことに、法律で銅と決められているわけでもない。スコッチのシングルモルトの定義が求めているのは「ポットスチルで蒸留すること」までで、素材の指定はどこにもない。それでも世界中の蒸溜所が、いまも高価な銅を叩いて器を作り続けている。
銅が選ばれ続けている理由は化学にある。そしてその化学には、器そのものが少しずつ失われていくという代償がついてくる。ただし、そもそも最初に銅が選ばれた理由は、化学とは別のところにあった。
銅は硫黄を掴む金属
麦汁を発酵させ、蒸留すると、硫黄を含む化合物がどうしても生まれる。ゆで卵、煮た野菜、ゴム、マッチの燃えかす——ごく少量なら奥行きになるが、多すぎればただ不快な匂いだ。
ここで銅が働く。銅は蒸気の中の硫黄化合物と反応し、硫化銅となって器の内壁に貼りつく。要らない匂いの成分を、器の壁そのものが引き受けてしまうわけだ。貼りついた硫化銅は洗浄で取り除かれる。研究では、硫黄っぽさの主犯とされるDMTS(ジメチルトリスルフィド)が銅の影響で減ることが示されており、銅がエステル(果実的な香りの成分)の生成を助ける触媒として働くという指摘もある。ステンレスの器では、これが起きない。
ただし正直に書いておくと、この作用の仕組みは解明の途上にある。磨きたての銅より、使い込んで表面が変化した銅のほうが効きがよいという報告がある一方で、腐食によって生じた銅の塩はむしろ硫黄化合物の生成を促すという逆向きの知見もある。「銅が硫黄を取る」という一行の下には、まだ議論が残っている。
最初の理由は、おそらく化学ではなかった
もっとも、19世紀の造り手が硫黄化合物の化学を知っていたはずはない。銅が選ばれた当初の理由は、もっと素朴なものだったと考えられている。
まず、熱をよく伝える。銅の熱伝導率はステンレスの20倍以上あり、釜の中に局所的に熱くなる部分(ホットスポット)を作りにくい。均一に温まり、必要なときは素早く冷める。
そして、叩いて曲げられる。あの膨らんだ胴やなめらかな首の曲線は、銅板を叩き出して形にしたものだ。加工しやすい金属でなければ、そもそもあの姿は生まれなかった。化学的な理屈は、後から発見された「おまけ」だったのかもしれない。
銅は減る——スチルは消耗品である
さて、ここがあまり知られていない話だ。銅が硫黄を掴む働きは、器そのものを削りながら行われている。
スチル製作の老舗フォーサイス社(本拠はスペイサイドのロセス。起源は1890年創業の銅・真鍮工房にさかのぼる)のリチャード・フォーサイスは、あるインタビューでこう表現している。発酵を終えた液(ウォッシュ)を気化させはじめたその瞬間から、銅は食われはじめる——だから最初に駄目になるのは、蒸気の当たるヘッド(釜の上部)なのだ、と。
面白いのは、この摩耗の進み方が釜によって逆転することだ。初留釜では首が8〜10年、胴は25年ほどもつのに対して、再留釜では胴が8〜10年で、首や凝縮器は25〜30年もつという。再留で立ちのぼる蒸気は、一度目より銅に優しいのである。
交換の目安は「板厚が元の半分になったら」。頭部や首は4〜5mm、蒸気加熱の胴は6mm、直火焚きの胴は12〜16mmから始まる。厚みの検査にはいまは超音波の計測器を使うが、職人が銅を叩いた音で聴き分ける昔ながらの方法も同じくらい正確だった、とフォーサイスは振り返っている。
つまり実務は、休止期間に痩せた部位だけを取り替えていく作業だ。それを積み重ねるうちに、釜は20〜30年でほぼ別物へと入れ替わる。山崎蒸溜所でも、銅の釜は蒸留による反応で摩耗するため20〜30年ごとに入れ替えると説明されている。ぴかぴかに磨かれたあの器は、静かに痩せていく最中なのだ。
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