機内で飲むウイスキーは、なぜいつもより効いた気がするのか——呼気のアルコール値は変わらないのに、体は標高2,400mにいる
「飛行機では酔いが回りやすい」とよく言われます。ですが低圧室の実験では、高度が上がっても呼気アルコール値は変わりませんでした。それでも機内の一杯が地上と違って感じられる理由と、上空でウイスキーを頼むときのコツ。
出張の帰りの機内で、カートが回ってきたのでウイスキーを一杯。地上で同じ量を飲んだときより、なんだか早く効いてきた気がする——そんな経験はないでしょうか。「上空は気圧が低いから酔いが回りやすい」という説明は、機内でもバーでも驚くほどよく聞きます。
ところが、これを低圧室で直接確かめた実験があり、アルコールの値そのものは「変わらない」という結果でした。それでも、機内の一杯が地上とまったく同じかというと、そうでもありません。
この記事では、上空で変わらないものと確かに変わるものを分けたうえで、飛行機の中でウイスキーを頼むときに何をすればいいかまで見ていきます。
そもそも、機内の気圧はどれくらい低いのか
大型機の巡航高度は1万mを超えますが、客室は与圧されています。米国の耐空基準(FAR 25.841)は、通常運航時に客室の気圧高度が**8,000フィート(約2,440m)**を超えないことを求めています。気圧でいえば約75kPaで、海面上の約101kPaのおよそ4分の3です。
ただしこの8,000フィートはあくまで上限で、実際の客室高度は機材や飛行高度によって変わります。上限いっぱいの2,440mという数字は、富士スバルライン五合目(標高2,305m)より少し上にあたります。座席に座っているあいだ、肺が吸っているのは富士山の中腹くらい薄い空気だ、ということです。
もうひとつ、機内は乾きます。巡航中の客室の相対湿度は10〜20%。加湿装置が標準で載らないのは、機体の腐食や重量増を避けるためです。
「高いところでは酔いやすい」は、実験では支持されなかった
1987年、米国連邦航空局(FAA)の研究チームがこれを正面から調べています。17人の男性に100プルーフ(50%)のウォッカを体重1kgあたり2.2ml、ジュースで割って飲ませ、地上条件と**12,500フィート(約3,810m)**の低圧条件で比べました。旅客機の客室よりずっと高い設定です。
呼気アルコール値(血中濃度の推定に使われる値です)のピークは、地上で77mg%、12,500フィートで78mg%。ほぼ誤差の範囲でした。7つの課題を同時にこなす成績のほうにも、アルコールと高度の相乗的な交互作用は見られませんでした。翌年、同じチームが30代と60代を分けて行った追試でも、呼気値のピークは年齢でも高度でも変わらず(平均88mg%前後)、高度とアルコールの交互作用による有意な成績低下も出ていません。
つまり「気圧が低いとアルコールの効きが跳ね上がる」という説明は、少なくともこの高度の範囲では裏付けがありません。同じ量を飲めば、体内で上がるアルコールの値は地上と変わりません。60mlのダブル一杯が、上空で二杯分になるようなことは起きないのです。
では、なぜ「効いた気がする」のか
理由はいくつか重なっていると考えられます。
ひとつ目は、高度そのものの影響です。1987年の実験では、酒を飲んでいないプラセボ条件でも、高度だけで成績がいくらか落ちていました。しかもその落ち幅は、飲酒条件に高度を加えたときの落ち幅とほぼ同じ——つまり相乗ではなく、足し算に近い形で効いていた、という報告です。ただし翌年の追試では高度そのものの有意な影響は出ておらず、この点は研究間で像が揃っていません。
ふたつ目は、症状の見分けがつかないことです。薄い空気で出る不調——頭が重い、判断が鈍る、眠い——は、酔いの感覚とよく似ています。自分の中で、どこまでが酒の取り分で、どこからが空気の取り分かを切り分けることはできません。「機内は酔いが早い」という体感の一部は、おそらく酒ではないほうに払われているのだと思います。
みっつ目は、身も蓋もない事情です。機内では自分が何ml飲んだのかを把握しにくくなります。ウイスキーは少量でもしっかり酔う酒ですから、目分量のずれはそのまま効きのずれになります。
眠ってしまうと、話が変わる
ここまでは「起きて座っている場合」の話です。2024年、この前提を外した研究が出ました。
ドイツ航空宇宙センター(DLR)航空宇宙医学研究所のグループが、飲酒と機内気圧の組み合わせが睡眠中の体に何をするかを調べ、呼吸器の専門誌『Thorax』に発表したものです。この組み合わせを睡眠中について調べた研究は、これが初めてとされています。
通常気圧の睡眠実験室(標高53m、23人)と、巡航中の客室に相当する2,438m(753hPa)の低圧室(17人)に被験者を分け、それぞれ「飲まずに眠る夜」と「飲んでから眠る夜」を比べました。DLRの発表によれば、被験者は18〜40歳の健康な48人です。酒量はビール(5%)2缶、またはワイン175mlを2杯に相当する程度。平均血中アルコール濃度は0.043%でした。先ほどのFAAの実験は呼気値のピークが77〜78mg%(およそ0.077%)で、平均とピークを直接は比べられないものの、酒量としてはおよそ半分の水準です。決して深酒ではありません。
眠っているあいだの数値を、4条件すべて並べます(いずれも中央値)。
- 血中酸素飽和度:実験室・非飲酒 95.9% / 実験室・飲酒 95.0% / 低圧室・非飲酒 88.1% / 低圧室・飲酒 85.3%
- 心拍数:実験室・非飲酒 63.7拍/分 / 実験室・飲酒 77.0拍/分 / 低圧室・非飲酒 72.9拍/分 / 低圧室・飲酒 87.7拍/分
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