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ハイボールのレモンは「入れる/入れない」ではない——皮・果汁・実は、それぞれ別の仕事をしている | Malt Note
CONTENTS
この記事の目次 ↳ 同じメーカーが、レモンで別々のレシピを立てている↳ レモンの香りは、果汁ではなく皮に入っている↳ ただし「手で絞る」は、皮と果汁を同時に入れている↳ 果汁がやっているのは、香りづけではなく味の設計変更↳ 実を沈めると、香り以外のものが動き出す↳ 「レモンの油で炭酸が抜ける」は、ビールの話が混ざっている↳ 一本ごとに、レモンが要る/要らないが分かれる↳ まとめ——三つの使い分け居酒屋でハイボールを頼むと、「レモンはお入れしますか」と聞かれることがある。バーでハイボールを頼むと、聞かれないまま、目の前でレモンの皮をひとひねりされて、その皮がひょいと捨てられることがある。家で角瓶を開けたときは、たいてい何も入れない。
どれも「ハイボール」で、どれも間違っていない。ただ、この三つはやっていることがまるで違う 。皮の油を移すのと、果汁を落とすのと、実ごと沈めるのとでは、グラスの中で起きることが別物だからだ。
この記事では、レモンを「入れる/入れない」の二択で考えるのをやめて、皮・果汁・実の三つに分けて 、それぞれが一杯に何をしているのかを見ていく。使い分けが分かると、その日の一本と料理に合わせて自分で選べるようになる。
まず、作り手側がどう整理しているかを見るのが早い。アサヒビールの公式カクテルガイドには、ブラックニッカ クリアを使ったハイボールが複数登録されている。
「ハイボール」 ——材料はブラックニッカ クリア45ml と ウィルキンソン タンサン105ml のみ。作り方は「氷の入ったタンブラーにウイスキーを注ぎ、冷やしたソーダで満たし、軽くステアする。」レモンは出てこない。
「レモンハイボール」 ——ウイスキーも炭酸もまったく同じ45ml と105ml で、そこに「1/8カットレモン 1ケ」だけが加わる。作り方は「グラスにレモンを絞り入れ、そのまま実も入れる。氷とウイスキーを入れ、ソーダで満たし軽くステアする。」
この二つは、レモン以外の条件が完全に一致した対照ペア になっている。同じメーカーが同じ酒と同じ炭酸を使いながら、レモンの有無で別の名前の飲み物として登録している。つまり作り手にとってレモンは、あってもなくてもいい飾りではなく、一杯の性格を変える要素 として扱われている。
もう一つ、提供の形として面白いレシピがある。**「生搾りレモン・ハイボール」**だ。こちらは割り材がソーダではなくジンジャエールで、比率も違うので上の二つと直接は比べられないが、作り方の最後の一行に目を引かれる。「半切りにしたレモン果実、スクィザー 、マドラーを添えて提供する。」
レモンはグラスに入っていない 。搾り器と一緒に添えられていて、飲む人が自分で搾る。レモンは「入れるか入れないか」だけでなく、どの形で、誰が、いつ入れるか まで含めて設計されうる、ということだ。
ブラックニッカ クリア Black Nikka Clear
🇯🇵 日本 ・ 余市蒸溜所ほか ・ ブレンデッド ・ NAS ・ 37%
分岐の理由は、レモンという果実の作りにある。
このコラムの関連 関連するボトル ラフロイグ 10年 Laphroaig 10 Year Old
🏴 スコットランド ・ ラフロイグ蒸留所 ・ シングルモルト ・ 10年 ・ 40%
ブラックニッカ クリア Black Nikka Clear
🇯🇵 日本 ・ 余市蒸溜所ほか ・ ブレンデッド ・ NAS ・ 37%
レモンの強い香りの本体は、果皮の表面近くにある油胞 という小さな袋に溜まった精油だ。生の果皮から採れる精油は0.5〜1.5%程度とされ、量としてはごくわずかだが、香りの濃度はけた違いに高い。
その精油の中身を見ると、いちばん多いのはd-リモネン で、資料によって幅はあるものの、おおむね6〜8割を占める。ただしリモネンは多くの柑橘で精油の主成分を占める成分であって、レモンに固有のものではない。リモネンが多いことは、レモンらしさの説明にならない 。
レモンをレモンらしくしているのは、精油全体の数%しかないシトラール (ネラールとゲラニアールという二つの幾何異性体)のほうだ。香料の分野では、この少数派が「立ち上がりの、鋭くて明るい、少し青いレモンの香り」を決める中心的な成分として扱われている。
対して果汁が担っているのは、香りより酸である。レモン果汁のクエン酸は重量比でおよそ4.5〜6.5%、pHはおよそ2.0〜2.6の範囲に入る。柑橘のジュースの中でも酸が強い部類で、味への影響は非常に大きいが、あの「レモンの香り」を運んでいるのは主に皮のほう だ。
だから、香りだけが欲しいなら搾る必要はない。皮を折ってグラスの上でひとひねりし、油を霧のように飛ばすだけでいい。バーで皮を捨ててしまうのは、用が済んでいるから である。
くし切りのレモンを指でつまんで絞ると、果汁が落ちると同時に皮が折れて油胞も潰れる 。手で絞る動作は、酸だけでなく皮の香りも一緒にグラスへ飛ばしている。「レモンを絞ると香る」という実感には、そのとき同時に飛んだ精油に由来する部分もあると考えられる。
逆に、果肉側を押すタイプの搾り器を使えば、果汁が中心に落ちて皮の油は入りにくい(皮を裏返して圧搾するタイプでは、むしろ精油も一緒に入る)。先ほどの「生搾りレモン・ハイボール」に搾り器が添えられているのは、果汁を果汁として扱うため の道具立てだと考えると筋が通る。
皮をひねる ……香りだけ。酸味は加わらない。
手で絞る ……香り+酸。いちばん一般的なやり方。
果肉を押す搾り器 ……酸が中心。輪郭を立てたいとき。
同じ「レモンを入れる」でも、この三つは狙いが違う。
果汁を落とすと何が変わるのか。ひとことで言えば、甘さの見え方が下がり、輪郭が立つ 。
これは劣化ではなく、用途の切り替え だ。揚げ物や味の濃い料理と合わせるとき、酸のあるハイボールは口の中をいったん平らにしてくれる。逆に、ウイスキーそのものの香りをゆっくり追いたい夜には、酸は邪魔になる。
一方、海外の作り手は別の指定をしている。デュワーズが公式に案内するハイボールは12年に蜂蜜とアロマティックビターズを合わせてソーダで満たすレシピだが、仕上げの一行は「Garnish with a lemon twist(レモンの皮をひねって飾る)」——果汁ではなく皮だけ である。同じ「ハイボールにレモン」でも、使う部位はここまで割れている。
三つ目の「実ごと入れる」は、前の二つとは性質が違う。飲んでいるあいだじゅう、グラスの中に固体が残り続けるからだ。
炭酸が抜けやすくなると考えられる。 発泡飲料の泡は、液体の中から勝手に湧いてくるわけではない。泡が生まれるには、あらかじめ気体をかかえた微細な隙間 が要る。シャンパンの泡を高速度撮影で追った研究では、泡の起点がグラスの壁に付いたセルロース繊維の内部に残っていた小さな気体のたまり であることが特定されている。つるつるの面からは、泡は立ちにくい。
くし切りのレモンを沈めると、その瞬間に泡が一斉に立ち上がるのは誰でも見たことがあるはずで、ここでも同じ理屈——気体をかかえた隙間が泡の起点になる——が働いていると考えるのが自然だ。ただしこの研究が対象にしているのはシャンパンと、グラスの壁に付いたセルロース繊維の内部に残っていた気体であって、果肉を沈めた場合が検証されたわけではない 。飲み切るまでにどれだけ炭酸が減るか、という総量の話までは、この研究からは出てこない。
後半になると味の印象が変わりやすい。 柑橘の苦味成分であるフラバノン類やリモノイド類は、果皮の内側の白い部分(アルベド)に多く分布することが知られている。ただし何がどれだけ含まれるかは種類によって差が大きく、レモンについて一律には言えない。それでも、果肉と白い部分、そして種までがずっと漬かったままの一杯は、飲み進めるうちに最初と同じ味ではなくなりやすい。
対処は簡単で、実を入れるなら早めに引き上げる。それだけで、最初のきれいな酸だけを取り出せる。
レモンについてよく言われるものに、「油が入ると炭酸が抜ける」という説明がある。これはビールの話としては正しいが、ハイボールに持ち込むと話が変わる 。
ビールの世界では、脂質が泡を壊す ことがはっきり知られている。油が泡膜に不連続をつくって泡どうしの合一を促すなどの機序が指摘されており、口紅やポテトチップスの油でビールの泡が消えるのはこのためだ。
ただし、ビールの泡が持つのは、麦芽やホップに由来する成分が泡膜を支えているからである。ハイボールにはその成分がなく、泡持ちする膜がそもそも存在しない 。ビールの「泡持ち」と、ハイボールの「炭酸の抜けにくさ」は同じ現象ではない。加えて、皮をひとひねりして飛ぶ精油の量は、グラス一杯に対してごく微量だ。
ハイボールの炭酸を実際に減らしているのは、油ではなく——温度と、混ぜる回数と、おそらくは沈めた固体である。温度は溶解度から、混ぜる回数は撹拌から説明がつく。ステアは縦に一回で十分、とよく言われるのはこのためだ。
最後に、ウイスキー側から見た使い分けを挙げておく。ここから先は筆者の好みも入るので、出発点として読んでほしい。
軽めのブレンデッドには、皮も果汁も効く。 角瓶やブラックニッカ クリアのように、日本でハイボールとして飲まれることを想定して売られている一本は、酸を足しても骨格が崩れにくい。食事と一緒に飲むなら、酸があったほうが最後まで飽きない。
角瓶 Suntory Kakubin
🇯🇵 日本 ・ 山崎蒸溜所ほか ・ ブレンデッド ・ NAS ・ 40%
ピートの効いた一本は、慎重に。 ラフロイグのような強いスモークにレモンを絞ると、消毒液を思わせるフェノールの印象と柑橘の酸がぶつかるように感じられ、好みがはっきり割れる。まず何も入れずに一杯作って、物足りなければ皮だけ、というのが安全な順序だろう。ピートについてはスモーキーなウイスキーの選び方 とピート に詳しい。
ラフロイグ 10年 Laphroaig 10 Year Old
🏴 スコットランド ・ ラフロイグ蒸留所 ・ シングルモルト ・ 10年 ・ 40%
もともと柑橘の香りを持つ一本には、足さないという選択もある。 グレンモーレンジィ オリジナルのように、オレンジやレモンを思わせる香りがあると評されることの多い一本は、レモンを入れると香りの層が一つ潰れてしまうことがある。この場合、レモンは足し算ではなく引き算になる。
グレンモーレンジィ オリジナル 10年 Glenmorangie The Original 10 Year Old
🏴 スコットランド ・ グレンモーレンジィ蒸留所 ・ シングルモルト ・ 10年 ・ 40%
ハイボール向きの一本の選び方そのものはハイボールに合うウイスキーの選び方 にまとめてある。
香りだけ欲しい → 皮をひとひねりして、皮は捨てる。酸味は加わらない。
食事に合わせて輪郭を立てたい → 果汁を少し。手で絞れば香りも一緒に入る。果肉を押す搾り器なら酸が中心。
さっぱり飲み切りたい → 実ごと入れてよい。ただし炭酸は抜けやすくなり、後半は味の印象も変わりやすい。早めに引き上げる。
「レモンはお入れしますか」と聞かれたとき、本当に決めているのはその一杯を何のために飲むか だ。ウイスキーの香りを追う夜なら、断ってもいい。揚げ物の皿が目の前にあるなら、遠慮なく絞ればいい。
同じ銘柄、同じ比率でも、レモンの入れ方ひとつで一杯の役割は変わる。二択ではなく三つの道具として持っておくと、家のハイボールはかなり自由になる。
角瓶 Suntory Kakubin
🇯🇵 日本 ・ 山崎蒸溜所ほか ・ ブレンデッド ・ NAS ・ 40%
グレンモーレンジィ オリジナル 10年 Glenmorangie The Original 10 Year Old
🏴 スコットランド ・ グレンモーレンジィ蒸留所 ・ シングルモルト ・ 10年 ・ 40%
同じグレンフィディック12年が、英国の高級スーパーでは£44、日本では3,960円から。価格差5,500円のうち税で説明できるのはどこまでか。日英の酒税を一次資料の数字で分解し、スコットランドの最低単価規制まで確かめる。