なぜウイスキーの炭酸割りは「ハイボール」と呼ばれるのか——ゴルフ場・鉄道信号・背の高いグラス、名前をめぐる諸説をたどる
日本でウイスキーがいちばん飲まれるかたち、ハイボール。しかしなぜ「高い球」なのか。ゴルフ場説・鉄道信号説・背高グラス説と、1890年代アメリカに残る最古の用例をたどり、確かな部分と諸説どまりの部分を分けて整理する。
日本でウイスキーがいちばん飲まれているかたちは、たぶんハイボールだろう。居酒屋で「とりあえずハイボール」と言えば、黙ってウイスキーの炭酸割りが出てくる。
けれど、あの一杯はなぜ「高い球(high ball)」なのだろう。ゴルフ場で打ち上げられた球が飛び込んできたから——そんな話を聞いたことがある人も多いはずだ。
先に言ってしまうと、決定的な答えは出ていない。名づけの瞬間を書き残したものが、どこにも残っていないからだ。ただ、「いつ、どこで使われ始めたか」までは資料でかなり追える。確かなところと、諸説どまりのところを分けて眺めてみたい。
言葉が現れたのは、19世紀末のアメリカ
英語の語源辞典は highball の初出をおおむね1898年としている。ただ、それより早い用例も見つかっている。1894年の戯曲『My Friend From India』には、登場人物が「ウイスキーのハイボールを一杯」と頼む台詞がある。
レシピとして印刷されたものでは、1895年の『The Mixicologist』が早い。薄いエールグラスに氷をひとつ、口の1インチ下まで炭酸水を満たし、その上にブランデーかウイスキーを半ジガー(約22ml)浮かべる。材料はいまのハイボールと同じだが、酒を後から浮かべるという作り方は現在と違っている。1900年に出たハリー・ジョンソンのバーテンダー教本では、すでに highball と一語で綴られていた。
つまりこの言葉は、1890年代のアメリカのバーで生まれ育った。少なくとも残された記録の上では、スコットランド生まれでも日本生まれでもない。1904年にはニューヨーク・タイムズが「もっともありふれたハイボールはスコッチのハイボールだ」と書いており、そのころには一般に通じる言葉になっていたことがわかる。
ここまでは資料で追える。問題は、その名前がどこから来たのかだ。
説1:背の高いグラスと、「ボール=ウイスキー一杯」
語源辞典がもっとも有力とするのは、身も蓋もない説明である。19世紀アメリカの俗語で ball はウイスキー一杯を指し、それを背の高い(high)グラスで出したから highball——というものだ。
ただし辞典自身が「おそらく(probably)」という留保をつけている。有力ではあっても、確定ではない。
説2:鉄道の「ボール信号」
19世紀アメリカの鉄道には、柱に球を掲げて進行を示す信号があった。球が高く上がっていれば「進んでよし」。この「ハイボール=進行」という鉄道用語が飲み物の名になった、という説である。
鉄道用語としての highball が実在したことは間違いない。バーテンダーが手早く出せたから、駅員が発車前に飲み干したから——といった枝葉の逸話もつく。
ただし、飲み物の名がそこから来たと示す同時代の記録は見つかっていない。しかも語源辞典によれば、鉄道用語としての用例も飲み物とほぼ同じ時期のもので、どちらが先かすらはっきりしない。近年ではカクテル史家のゲイリー・リーガンが2003年の著書でこの説を紹介している。
説3:スコットランドのゴルフ場
日本でいちばんよく語られるのがこれだろう。ゴルフ場でウイスキーのソーダ割りを飲んでいたら高く打ち上げられた球が飛び込んできて、「これがハイボールだ!」と言った——サントリーもこの説を紹介している。
ただし同社自身、「由来には諸説がある」という立場を取っており、断定はしていない。しかも先に見たとおり、言葉の古い用例はアメリカ側に集中している。イギリス発祥を裏づける19世紀の記録は、いまのところ確認できない。逸話としては愉快だが、由来の証拠としては弱いと見ておくのが正直なところだ。
このほか、ソーダから立ちのぼる泡を球に見立てた説、気球にちなむ説などもある。説の多さは、そのまま「誰も決め手を持っていない」ことの裏返しでもある。
「始まりは自分だ」と名乗った人たち
由来がわからないぶん、「自分が始めた」と手を挙げた者は何人もいる。
ひとりは、ニューヨークのバーテンダー、パトリック・ギャヴィン・ダフィー。1894年に劇場の隣で開いた自分の店で、常連の英国人俳優にスコッチのソーダ割りを求められたのがきっかけだった、という筋書きだ。ウイスキーを仕入れて出したところ、ブロードウェイの役者たちがこぞって飲むようになった、と。1934年の著書『The Official Mixer's Guide』では「アメリカにハイボールを最初に持ち込んだのは私だ、1895年のことだ」とまで書いている。
ボストンの老舗ホテルからも、うちが最初だという声が上がった。ダフィーはそれに真っ向から反論している。
もうひとりが、スコッチのデュワーズを世界に広めたトミー・デュワーだ。1905年の米紙インタビューで、14年前——1891年ごろ——ブロードウェイのバーで小さなグラスが出されたことをきっかけに、背の高いグラスで飲むハイボールを「見つけた」のだと語っている。彼の言う1891年は、記録に残る最古の用例(1894年)よりさらに前だ。
どちらも本人の申告で、独立した裏づけはない。ダフィーが根拠に挙げた1927年のニューヨーク・タイムズにしても、実際には彼自身が同紙へ送った投書が載っただけのものだった。デュワーズ側の物語については なぜデュワーズは、日本のハイボールの定番になったのか で詳しく書いている。
名づけの現場の記録は、結局どこにも残らなかった。ハイボールという言葉の面白さは、たぶんそこにある。
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