なぜ蒸溜所のとなりには、牛がいるのか——一杯の陰で出る「カス」の行き先
蒸溜所の柵のむこうで草を食む牛は、風景ではなくウイスキー造りの一部だ。純アルコール1リットルを造るたび、糖化かす約2.5キロと初留の残液約8リットルが出る。18世紀末から牛を養ってきたその副産物が、いま燃料へも比重を移している。
蒸溜所の写真を眺めていると、ときどき妙なものが写り込んでいる。スチルハウスの白い壁のすぐ外、柵のむこうで牛が草を食んでいる——そんな一枚だ。
牧歌的な風景として流してしまいがちだが、あの牛はただの背景ではない。ウイスキー造りの、れっきとした一部である。
ウイスキーは、酒より「カス」のほうがずっと多い
まず量の感覚をつかんでおきたい。
モルトウイスキーの蒸溜所が純アルコールを1リットル造ると、その裏で、糖化を終えた麦のかす「ドラフ」がおよそ2.5キロ、初留の釜に残る液体「ポットエール」がおよそ8リットル、再留の残液に洗浄水を合わせた「スペントリース」がおよそ10リットル出る。ヘリオット・ワット大学の研究チームが示した目安だ。
40度のボトル1本(700ml)は、純アルコールにすればおよそ0.28リットル。それでも、瓶に詰まる量よりはるかに多くの残りものが、その裏側で出ている計算になる。
スコットランド政府の報告書によれば、スコッチ蒸溜所の副産物は2019年に乾物換算で約44万3千トン。2013年には約53万1千トンという記録的な量に達し、2017年に約42万2千トンまで落ちたあと、ふたたび増加に転じている。
蒸溜所はウイスキーの工場であると同時に、毎日途方もない量の湿った麦かすを吐き出す施設でもある。しかもドラフは水分が7〜8割を占め、放っておけばすぐ傷む。捨てるにも金がかかるものを、どうするか——この問いが、蒸溜所と牛を結びつけた。
なぜ牛だったのか
答えは、牛の胃にある。
ドラフは乾物中の粗蛋白が17〜23%あり、繊維(NDF)が6割を超える。デンプンと糖はほとんど残っていない。人間の食べ物としては見どころがないが、繊維を微生物に分解させて栄養に変える反芻動物にとっては、濃厚飼料の一部を置き換えられる餌になる。
ポットエールのほうは煮詰めて「ポットエールシロップ」という粘り気のある茶色の液体にする。乾物中の粗蛋白は34〜38%と、こちらはさらに濃い。
この結びつきは新しい話ではない。飼料データベース Feedipedia は、スコットランドでは18世紀末にはドラフが牛に与えられていたと記している。
そして2019年時点でも、スコットランドの牛が食べる濃厚飼料のおよそ8%は、蒸溜所の副産物でまかなわれている。
行き先は季節でも動く。牧草が伸びる夏はドラフの地元需要が緩み、北スコットランドからセントラル・ベルトや北イングランドへ運ばれることがある。逆に冬は地元の需要が増え、蒸溜所により近い農場で使われる。飼料に回った分のうちスコットランド域内で消費される割合は、2012年のおよそ半分から2019年には78%まで戻った。
ちなみに、ドラフとポットエールシロップを混ぜて乾燥・ペレット化した「ダークグレインズ」という製品もあるが、モルト蒸溜所由来のものは最後の工場が2018年初頭に閉鎖して以来つくられていない。いまは湿ったドラフのまま、あるいは液状のシロップのまま農場へ渡っている。
銅という落とし穴——羊には使いにくい
この飼料には、注意書きがつく。
ポットエールシロップの銅含有量は乾物1キロあたり80〜120ミリグラム。ドラフの12〜18ミリグラムと比べて7倍近い。この銅はどこから来たのか——銅でできたポットスチルである。
銅のスチルは、蒸溜のあいだに硫黄化合物を掴み取り、酒質をきれいにしてくれる。その代償として、スチル自体が少しずつ痩せていく。溶け出した銅の一部は釜に残る液体に落ち、それを煮詰めてシロップにする過程でさらに濃くなる。
羊は銅に弱い動物として知られる。スコットランド政府の報告書も、これらの副産物は「牛が最も適した対象で、羊と豚での利用は限定的」と整理している。ただし豚で利用が限られる理由は銅ではなく、繊維が多くエネルギー密度が低いことにある。
銅がウイスキーの味を磨いているという事実は、飼料の側では「与えられる家畜が限られる」という制約に化けているわけだ。
農場と蒸溜所が、ひと続きだった頃
この循環をいまも目に見える形で残しているのが、アイラ島のキルホーマンだ。
124年ぶりのアイラの新蒸溜所として2005年に始まったこの蒸溜所は、ロックサイド農場の古い畜舎を改装して建てられた。周囲の畑では年間で最大440トンの大麦を育て、育てた大麦を自前のフロアモルティングにかけている。畑から瓶までを同じ土地で完結させた一本が、その名も「100%アイラ」だ。そして糖化で出たドラフは、農場のアバディーン・アンガス牛の餌になる。
アイラ唯一の「シングルファーム・シングルモルト」を名乗るこの蒸溜所では、大麦の行き先が二手に分かれているだけ、ということになる。

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