なぜキルホーマンは、アイラでただ一つ「大麦を育てる」ところから始めるのか——124年ぶりの新蒸溜所が選んだ、農場という道
アイラで唯一、自ら大麦を育ててウイスキーを造るキルホーマン。2005年に124年ぶりの新蒸溜所として生まれた農場蒸溜所が、なぜ手間のかかる道を選んだのか。20ppmと50ppm、二段階のピートと樽の使い分けから読み解く。
アイラ島の蒸溜所といえば、海に面した白い壁に黒々とした文字——という絵が浮かぶ。ラフロイグもラガヴーリンもボウモアも、樽を船で運び出すために波打ち際へ建てられたと言われる。
ところがキルホーマンだけは違う。島の西のはずれ、牧草地と麦畑に囲まれた農場の真ん中にある。そしてここだけは、ウイスキー造りが「大麦を育てる」ところから始まる。
なぜ、わざわざそんな手間のかかる道を選んだのか。この記事では、124年ぶりにアイラへ建てられた蒸溜所が農場という選択に賭けた理由と、それが味にどう表れているのかを追いかける。
124年ぶりに、アイラへ蒸溜所が建った
キルホーマンは2005年、アンソニー・ウィルズとキャシー・ウィルズ夫妻によって創業された。蒸溜所自身はこれを「124年以上ぶりにアイラに建てられた蒸溜所」と表現している。1881年創業のブルイックラディ以来、という意味合いだ(1908年にラガヴーリンの構内へ設けられたモルトミルのように、既存蒸溜所の敷地内に併設された小蒸溜所は別枠で数えられている)。
アンソニーは独立系ボトラーとして樽の管理と熟成を学んだ人物で、「他のスコットランドの蒸溜所と同じものを建てても意味がない」と語っている。島にはすでに、二百年近い歴史を持つ名門が並んでいた。あとから来た小さな一軒が同じことをしても、埋もれるだけである。
そこで彼が選んだのが、大麦を育てる蒸溜所——ファームディスティラリーという道だった。
畑から瓶詰めまで、ひとつの敷地の中で
キルホーマンが建つロックサイド・ファームは、約2,300エーカーの農場だ。うち約440エーカーが大麦畑で、収穫量は年間最大440トン。種まきは春——蒸溜所の言葉を借りれば「島に集う5万羽のガンが渡っていったあと」である。
刈り取られた大麦は、水に浸けて発芽を促したのち、コンクリートの床に広げて人の手で撹拌される。フロアモルティングと呼ばれる伝統的な製麦だ。効率のよい大型製麦所に任せるのが当たり前になった今、これを続けるスコットランドの蒸溜所は数えるほどしかない。
特筆すべきは、ここから先である。自家栽培・自家製麦の大麦から造る「100%アイラ」については、製麦・蒸溜・熟成・瓶詰めまでのすべてを敷地の中で完結させている。蒸溜所はこれを「アイラ唯一のシングル・ファーム・シングルモルト」と呼ぶ。2015年にはロックサイド・ファームそのものを取得し、畑から瓶までの線が完全につながった。

「20ppm」と「50ppm」——ひとつの蒸溜所に、二段階のピート
もっとも、キルホーマンのすべてが自家製麦というわけではない。ここが面白いところで、この蒸溜所は二種類の麦芽を使い分けている。
自家フロアモルティングした大麦のフェノール値は約20ppm。いっぽう、同じ島のポートエレン製麦所から仕入れる麦芽は約50ppmと、公式サイトにそれぞれ明記されている。
20ppmの自家製麦だけで造られるのが、先ほどの「100%アイラ」。度数50%と高めながら煙は穏やかで、麦そのものの甘さと農場らしい青さが前に出る。
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