なぜスコットランドの蒸留所には「看板猫」がいるのか——大麦とネズミと、ギネス記録を持つ名ハンターの物語
蒸留所を訪ねると、樽のあいだで丸くなる猫に出会うことがある。彼らはただのマスコットではなく、かつては大麦を守る「働き猫」だった。ギネス記録を持つ伝説の猫トウザーの物語から、その理由を読み解く。
スコットランドの蒸留所を訪ねると、樽が並ぶ倉庫や事務所の片隅で、丸くなって眠る一匹の猫に出会うことがある。多くの蒸留所が「看板猫」を大切にし、名前入りのグッズやSNSアカウントを持つ猫までいる。なぜウイスキーづくりの現場には、これほど猫がいるのか。ほほえましい光景の裏には、原料をめぐる切実な事情が隠れている。
大麦のあるところに、ネズミあり
ウイスキーの主原料は大麦だ。その仕込みには大量の大麦が必要で(純アルコール1リットルあたり約2.5kgとも言われる)、蒸留所には常に穀物が蓄えられている。とりわけ古い蒸留所では、水に浸して発芽させた大麦を石の床いっぱいに広げ、木製の道具で手作業により切り返す「フロアモルティング(製麦)」が行われてきた。床を覆う大麦は、ネズミにとってこの上ないごちそうだ。放っておけば穀物を食い荒らされ、糞で汚されてしまう。
そこで頼りにされたのが猫である。猫にとって蒸留所は、暖かい寝床と豊富な獲物という望むものがすべて揃った楽園だった。人は大切な穀物を守り、猫は餌と住処を得る——互いの利害が噛み合った、理にかなった同居だったのだ。これはスコットランドに限らず、アイルランドのジェムソンなど各地の蒸留所やビール醸造所にも共通する古い習わしである。
ギネス記録を持つ伝説の猫、トウザー
数ある蒸留所猫のなかでも別格なのが、グレンタレット蒸留所に暮らしたべっ甲柄の雌猫トウザーだ。1963年から1987年まで蒸留所で暮らし、その生涯で仕留めたネズミは推定28,899匹。「世界一のネズミ捕り」としてギネス世界記録に認定され、その記録はいまも破られていない。
もっとも、この数字は生涯にわたって一匹ずつ数えたものではなく、数日間の観察から割り出した推定値だ。それでも一日平均3匹という驚異的なペースになる。長寿の秘訣は「毎晩ミルクに少量のウイスキーを垂らしてもらっていたから」と語り継がれるが、これはあくまで愛らしい言い伝えとして受け取っておくのがよいだろう。トウザーは記念像となって今も蒸留所に立ち、その肉球の跡はリキュールのボトルにも残されている。
働き猫から、愛されるマスコットへ
現代では多くの蒸留所が製麦を専門の製麦所に委ね、衛生管理も進んだため、猫が実務を担う必要は薄れた。それでもハイランドパークやバルヴェニー、キルホーマンのように、いまもフロアモルティングを守り続ける蒸留所が一握りながら残っている。大麦が床にある限り、猫の出番が完全になくなることはない。
そして役割が変わってもなお、蒸留所は猫を手放さなかった。グレンタレットには蒸留所の名を分け合う「グレン」と「タレット」がいて、キルホーマンの「スモーキー」と「ピーティ」は製麦フロアで過ごす姿がSNSで人気を集めている。かつて大麦を守った働き猫は、いまや蒸留所の歴史と温もりを映す存在として、訪れる人を出迎えている。
床の上で今も大麦を切り返すハイランドパークは、そんな伝統を色濃く残す一つだ。

Highland Park 12 Year Old Viking Honour
🏴 スコットランド ・ ハイランドパーク蒸留所 ・ シングルモルト ・ 12年 ・ 40%
農場で大麦を育てるところから瓶詰めまでを自前で行うキルホーマンもまた、猫たちが暮らす蒸留所として知られる。
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