なぜ蒸溜所は、80年前のモルトミルをいまも回しているのか——「良すぎて潰れた」と語られるポーティアスとボビーの実際
蒸溜所の工程の入口には、とうに消えた会社の名を刻んだ鋳鉄の箱がある。ポーティアスとボビー。「良すぎて自分の商売を終わらせた」と語られる二社の実際と、軽井沢から静岡へ渡った一台の話。
蒸溜所の見学ツアーで、多くの人が写真を撮るのはポットスチルの前だ。銅の胴体が磨き上げられ、照明を反射している。その手前に、くすんだ鋳鉄の箱がひっそり置かれていることに気づく人は少ない。
けれどガイドがときどき、少し誇らしげにこう言うことがある。「これは1940年代のものです。まだ現役です」。
箱に刻まれた名前は、たいてい二つのうちどちらかだ。ポーティアス(Porteus)か、ボビー(Boby)。どちらも、とうの昔に姿を消した会社の名前である。
粉砕は、地味だが取り返しがつかない工程
その箱はモルトミル、麦芽の粉砕機だ。乾燥させた麦芽をここで挽き、グリストと呼ばれる挽き粉にする。次の糖化(マッシング)で湯を注ぎ、でんぷんを糖に変えるための下ごしらえである。
内部にはローラーが2組入っている。1組目が麦芽の粒を割り、2組目(間隔を調整できる)がそれをさらに細かくする。
目指すのは、おおむね「ハスク(外皮)2・グリッツ(中粒)7・フラワー(微粉)1」という比率だ。粒が大きいままでは湯が芯まで届かず、取り出せる糖が減る。逆に挽きすぎれば微粉が増える。
微粉が増えると厄介なのは、糖化槽の構造ゆえだ。槽の底には目の細かい板があり、そこから糖液を抜くのだが、そのとき外皮が濾過層の役目を果たす。微粉が多いとその目を塞ぎ、槽が詰まる。詰まった糖化槽を掘り返す作業は、蒸溜所で最も歓迎されない仕事のひとつだ。
粉砕は、あとの工程で取り返しがきかない。ここで比率が崩れれば、その日の糖化も発酵も引きずられる。地味な箱に見えて、一日の出来を左右している。
大麦を自分の床で発芽させる蒸溜所の、赤かった箱
キャンベルタウンのスプリングバンクは、必要な麦芽の全量を自社のフロアモルティングで賄っている、スコットランド唯一の蒸溜所だ。隣のグレンガイル蒸溜所の分まで供給している。
その麦芽を挽いているのが、1940年代製のポーティアスである。かつては鮮やかな赤に塗られていたが、いまは色が抜けている。80年ほど前の機械が、日々の仕込みを支えている。

壊れないから、買い替えが起きなかった
ここからが、この機械の妙なところだ。
ポットスチルは数十年で作り替えられる。木製の発酵槽も傷む。ところがモルトミルは、蒸溜所の設備のなかでも消耗がとりわけ遅い。もちろん無傷ではなく、ローラーの溝は摩耗するし軸受も傷むので、溝を切り直し、部品を替えながら使う。それでも「買い替える」ではなく「整備して延命する」で済んでしまう。
すると、何が起きるか。新品の需要が、ほとんど生まれない。
しかも1980年代、ウイスキーの生産過剰、いわゆる「ウイスキー・ロック」で蒸溜所の大量閉鎖が起こると、そこから中古のミルが市場に流れ出た。新しく建てる側も、わざわざ新品を探す理由がない。
やがて業界では、こんな言い方が定着した——「あの二社は、良いものを造りすぎて自分で自分の商売を終わらせた」。
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