なぜ人はウイスキーを船に載せ、海に沈めるのか——赤道を4回越える樽と、蝋で封じて20メートル沈めた瓶
樽を貨物船の甲板に積んで赤道を越えさせ、瓶を蝋で封じて海底に沈める。「揺れる熟成」は本当に効くのか。マデイラの往復ワインから東海大学の官能評価会まで、確かめられている事実だけを並べる。
熟成庫は、暗くて、涼しくて、静かな場所だ。樽は何年も同じ場所に据えられ、動かない。ウイスキーづくりのほとんどの工程が人の手で管理されるなかで、熟成だけは「置いておく」ことが仕事になる。
ところが世の中には、その常識の逆をいく人たちがいる。樽をわざわざ貨物船の甲板に積み、赤道を越えさせる。あるいは瓶ごと海に沈め、しばらく経ってから引き揚げる。付着した貝や堆積物ごと、沈没船の遺物のような姿で売られる一本すらある。
揺らすと、酒はうまくなるのか。この問いは、思っているよりずっと古い。
始まりはウイスキーではなく、売れ残ったワインだった
話は大西洋に浮かぶマデイラ島から始まる。この島は、新大陸や東インドへ向かう船の寄港地だった。積み込まれたワインは、熱帯を通る船倉のなかで高温にさらされ、波に揺られ続ける。
あるとき、売れずに戻ってきた樽を開けた人々は、出荷したときより味が良くなっていることに気づいた。往復してきたワインは「ヴィーニョ・ダ・ローダ(往復のワイン)」と呼ばれ、やがて味を良くすることだけを目的に、樽をわざわざインドまで送るようになる。
ただし、この物語には続きがある。往復航海はあまりに金がかかったため、生産者たちは代わりの手段を探した。行き着いたのは、熱を加えるやり方である。18世紀半ばに生まれた「エストゥファジェン」は、加熱設備で最高50℃ほどに温めることで、船倉の熱を陸の上で再現する方法だった。いまのマデイラにはもうひとつ、蔵の暑い屋根裏に樽を置いて島の気候にゆだねる「カンテイロ」という伝統的な長期熟成もある。
つまりマデイラでは、航海のうち熱だけが受け継がれた。揺れも、潮風も、代替手段には引き継がれなかった。動機が純粋にコストだったのか、熱が本命だと見切っていたのかは断定できない。それでも、残ったものが何だったかという事実は、このあとの話にずっと効いてくる。
1805年、ノルウェーでの再演
同じことが、北の国でも起きた。
1805年、トロンハイムの商人リスホルム家は、東インドへの販路を開こうとアクアビットの樽を船に積んだ。船名は《トロンハイムス・プローヴェ》。ブランドの公式サイトによれば、その航海日誌には1805年10月24日に赤道を通過した記録が残っている。
ところが酒は売れず、樽は積まれたまま戻ってきた。1807年に開けてみると、出したときとは別物になっていたという。揺れと、温度の上下と、樽の香り。ここから商品になるまでには、まだ時間がかかる。ベルリンで化学を学んだ甥のヨルゲン・B・リスホルムがブラジル航路などで試行を重ね、赤道線(linie)の名を冠した「LINIE(リニエ)」を発売したのは1821年のことだ。
現代のリニエも例外を作っていない。全量がオロロソ・シェリー樽に入れられ、船倉ではなく甲板上のコンテナに積まれる。ノルウェーとオーストラリアを約4か月かけて往復し、赤道を二度越えて帰ってくる。ボトルには、その一本を運んだ船名と出航日・帰港日が記される。ワイン専門誌『Club Oenologique』によれば、航海中の温度は氷点下10度を下回る海域から40度台の熱帯まで振れるという。
赤道を4回越えるバーボン
ウイスキーで同じことを始めたのが、アメリカのジェファーソンズだ。
2008年、創業者トレイ・ゾーラーは、友人の調査船に乗っていたときに「樽を海に出したらどうなるか」と思いつく。積み込まれたのはわずか5樽。三年あまりの航海を経て最初のボトルが世に出たのは2012年で、250本ほどだった。専門メディア『Breaking Bourbon』のインタビューによれば、現行のリリースは酒齢およそ6〜7年。1回の航海でおよそ30の港に寄り、赤道を4回越え、5大陸に触れる。
樽はコンテナに収められ、船首側の最上段に置かれる。直射日光が当たる位置だ。同社は樽同士がぶつからないよう受け台を作り、コンテナに通気口を設けた。ゾーラーの説明はこうだ——液体が絶えず樽の中で揺さぶられることで木との接触が増え、色と風味を拾う。潮の空気を呼吸することで、ケンタッキーでは得られない塩気が乗る。
同じ発想は広がっている。ネヴァー・セイ・ダイは、ケンタッキーで数年寝かせた樽を6週間かけて大西洋を渡らせ、イングランドでさらに熟成させてから瓶に詰める。共同創業者ブライアン・ルフトマンは、この自然な攪拌を「ティーバッグをかき混ぜるようなもの」と表現した。
海である必要すらないのかもしれない。コニャックとラムの造り手メゾン・フェランは、2021年からパリ近郊のセーヌ川に浮かぶ艀「バージ166」に、30リットルの小樽を1,500本置いている。中身の主役はラムだ。
なぜスコッチは、樽ごと海に出られないのか
ここまで挙げた例に、スコッチが一本もないことに気づいただろうか。
理由は味ではなく、規則にある。スコッチを名乗るには、スコットランド国内で熟成させなければならない。樽を船に積んで赤道を越えさせた時点で、その中身はもうスコッチウイスキーではない(→なぜスコッチは、スコットランドの外で熟成してはいけないのか)。
産地に熟成を縛られている酒は、実はスコッチだけではない。コニャックもまた、原産地呼称の規定によって最低2年の熟成を画定地域内で行うことを求められており、地域外での熟成には長らく経過措置が必要だった。セーヌ川の艀に浮かぶ樽がこの規定とどう折り合っているかは公表されていないが、少なくとも「スコッチだけが特別に厳しい」という話ではない。
もっともスコットランドにも、海のそばで寝かせる蒸溜所ならいくらでもある。漁港の町ウィックに建つオールド・プルトニーは「海のモルト」と呼ばれ、スカイ島のは潮を思わせる味として語られてきた。ただし、その潮っぽさが本当に海に由来するのかというと、話はそう単純でもない(→)。
このコラムの関連
関連するボトル


次に読む

なぜ高級ウイスキーの瓶は、あんなに重いのか——850gの角瓶を持つブランドが、180gの瓶を888本だけ造った理由
棚から下ろした瞬間の「ずっしり」は、中身の量とは関係ない。それでもワインでの調査では重い瓶ほど値段が高く、スコッチ業界は包装を10%軽くする目標を掲げながら、逆に2.6%重くなった。いま瓶を削り始めた造り手たちの話。

なぜウイスキーの蒸溜所は、ジンも造るのか——免許は、もう一枚要る
クラフトジンの棚には、ウイスキーの造り手の名前が思いのほか多い。「熟成待ちの資金繰り」だけでは説明がつかない——日本でジンを出すには、別の免許をもう一枚取らねばならない。制度・設備・土地の三つの層から読み解く。






