なぜウイスキーの蒸溜所は、ジンも造るのか——免許は、もう一枚要る
クラフトジンの棚には、ウイスキーの造り手の名前が思いのほか多い。「熟成待ちの資金繰り」だけでは説明がつかない——日本でジンを出すには、別の免許をもう一枚取らねばならない。制度・設備・土地の三つの層から読み解く。
クラフトジンの棚を眺めていると、見覚えのある名前に何度もぶつかる。桜尾、ブルイックラディ、小正醸造——どれもウイスキーに縁の深い名前だ。
なぜウイスキーを造る場所が、わざわざジンまで造るのか。いちばんよく聞く答えは「熟成を待つあいだの現金稼ぎ」である。それは半分あたっている。ただ、それだけでは説明がつかないことがひとつある。日本でジンを出すには、ウイスキーとは別の免許を、もう一枚取らなければならない。
この記事では、その「もう一枚」の話から出発して、蒸溜所がジンを造る理由を、制度・設備・土地の三つの層で読み解いていく。
まず、「3年待てない」はたしかに本当
ウイスキーは、蒸留したその日から売れる酒ではない。スコッチは法律で最低3年の樽熟成が義務づけられ、「ジャパニーズウイスキー」を名乗るにも業界の自主基準が3年以上の国内熟成を求める。
一方のジンには、寝かせろという定めがない。EUの規則(2019/787。英国も離脱後、同じ趣旨の規定を引き継いでいる)はジンについて、農産物由来のエチルアルコールをジュニパーで香りづけすること、味がジュニパー主体であること、アルコール分37.5%以上であることなどを求めているが、熟成期間の条項はどこにも置かれていない。日本の酒税法も同じで、後述する「スピリッツ」という品目に熟成の規定はない。蒸留したその月に瓶に詰め、その月に売っていい。
だから創業したての蒸溜所はジンを併産する——小さな蒸溜所が世界中で増えている理由を語るとき、この資金繰りの話は必ず出てくる。
ここまではよく語られる。問題は、その先だ。
免許は「品目ごと・製造場ごと」。ついでには造れない
日本で酒を造るには、酒税法第7条の製造免許がいる。この免許は、製造しようとする酒類の品目別に、製造場ごとに受けるものだ。つまりウイスキーの免許を持っていても、その免許でジンを造ることはできない。
しかも酒税法には、そもそも「ジン」という品目が存在しない。
国税庁の整理を見ると、酒類は4種類・17品目に分けられ、蒸留酒類に当たる品目は「連続式蒸留焼酎、単式蒸留焼酎、ウイスキー、ブランデー、原料用アルコール、スピリッツ」の6つ。ジンはこのうちスピリッツに入る。そしてスピリッツの定義は、こうだ。
上記のいずれにも該当しない酒類でエキス分が2度未満のもの
ウイスキーが「発芽させた穀類及び水を原料として糖化させて発酵させたアルコール含有物を蒸留したもの」と具体的に書かれているのに対して、スピリッツは名前のない受け皿——他のどれでもない蒸留酒の置き場所として定義されている。ジュニパーの一語も、日本の法律には書かれていない。
さらに製造免許には最低製造数量の基準があり、ウイスキーは年6キロリットル、スピリッツも年6キロリットルと定められている。
要するに、蒸溜所がジンを出すというのは「余った設備でついでに搾る」話ではない。品目をもう一つ増やし、その品目で年6キロリットル造る見込みを示して、免許をもう一枚取る——そこまでして手に入れたいものがある、ということになる。
ジンとウイスキーは、同じ屋根の下で隣り合ってきた
ここで押さえておきたいのは、これがまったく新しい現象ではない、ということだ。
ゴードン、タンカレー、そしてウォッカのスミノフ。これらの主要な生産拠点のひとつが、スコットランド・ファイフのキャメロンブリッジである。1824年にジョン・ヘイグが建てた、グレーンウイスキーの蒸溜所だ。1998年から、ジンとウォッカの生産もここに置かれている。同じ場所からはカメロンブリッグ(Cameron Brig)というシングルグレーンも出ているし、2014年にはデイヴィッド・ベッカムと組んだヘイグクラブも生まれた。
ただし、順序を取り違えないようにしたい。ジンそのものは、連続式蒸留よりずっと古い。オランダのジュネヴァは16世紀には記録が残り、17世紀に商業生産が確立した。ロンドンがジンに沸いたのは18世紀前半である。連続式蒸留機が実用化されるより、いずれもずっと前だ。
変わったのは、いま私たちが飲むドライジンの輪郭のほうだった。それは、連続式蒸留で癖のないアルコールを大量に得られるようになって以降に定まっていく。EUの定義がジンの出発点を「農産物由来のエチルアルコール」と書くのも、その延長線上にあるといえる。
面白いのは、それがグレーンウイスキーそのものではない、という点である。ジンのベースになる中性アルコールはアルコール分96%以上まで上げ切るのに対し、スコッチはグレーンも含めて「原料と製法に由来する香りと味を残すこと」を求められ、94.8%未満で蒸留しなければならない。同じ工場にあっても、両者は別のラインで造られる別の液体だ。
それでも、巨大な連続式蒸留のカラムと、穀物を大量に処理する設備を持っている場所は、そのまま中性アルコールの製造にも向く。だからジンとウイスキーは、産業の構造として隣り合ってきた。
その連続式蒸留機が生む酒そのものを味わってみたいなら、シングルグレーンという選択肢がある。日本では、ニッカが古いカフェスチルで造る一本が手に取りやすい。
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