泡盛の伝統的な器は**甕(かめ)**です。現代では瓶やステンレス・ホーローのタンクも使われますが、いずれも樽のように風味を足す器ではありません。この違いを、GI「琉球」の生産基準は正面から書き分けています。
熟成は、ウイスキー等では一般的に樽に貯蔵され、樽から香りの成分を得て熟成されるが、「琉球」では甕や瓶に貯蔵され、酒自体に含まれる成分そのものの物理的・化学的変化により香味成分が変化することにより熟成される。
樽からもらう熟成と、自分の中だけで変わる熟成。国の生産基準が、二つの酒の違いをこれ以上ないほど短くまとめてしまっているわけです。泡盛が無色なのは、まず単純に、器が色を与えないからです。
では樽で寝かせた泡盛はどうなるか。実際に存在しますが、単式蒸留焼酎には国税庁の解釈通達による色の上限があります。430ナノメートルと480ナノメートルの吸光度が、いずれも0.080以下でなければならない。これを超えると焼酎として売ることができません。一般的なウイスキーの色と比べればかなり淡い水準に抑えられる、と言われます。
つまり「ウイスキーのように濃い琥珀色の泡盛」は、造り手が望んでも制度が許さない。樽を使うかどうかは選べても、色をどこまで濃くできるかは、焼酎全体にかかる規制が決めています。
両者はどちらも3年を節目にしますが、その3年の意味が違います。
スコッチの3年は、それ未満では名乗れない下限です。3年に満たなければ、そもそもスコッチウイスキーではない。
泡盛の3年は、古酒(クース)を名乗るための線です。規約第2条第2項は「この規約で『古酒』とは、泡盛を3年以上貯蔵したものをいう」と定めます。3年未満でも泡盛は泡盛で、ただ古酒とは呼べないだけ。
そして興味深いのは、この「古酒」の表示ルールが引き直されたことです。かつては、3年以上寝かせた泡盛が総量の51%以上あれば古酒と表示できました。2013年の改正でこれが第4条により全量が古酒であるものへ変わり、1年10か月の経過措置を経て、2015年8月1日から完全適用されています。
さらに同じ第4条は、年数表示についてこう書いています。
異なる貯蔵年数の古酒を混和した場合は、その割合にかかわらず、最も貯蔵年数の少ない古酒の年数を表示する。
これは、スコッチの年数表示がいちばん若い原酒の年数を名乗るというルールと、まったく同じ論理です。泡盛は、ウイスキーが長く守ってきた線と同じ場所へ、自分の線を引き直したことになります。
数え方の枠も似ています。施行規則第3条は、貯蔵年数を「検定の日から起算し、販売のための容器に充填した日までの期間」で計算すると定めます。起点と終点の取り方は、樽詰めから瓶詰めまでを数えるウイスキーと同じ形です。
ところが、実態は正反対でした。ウイスキーは瓶に詰めた時点で熟成が止まるのに対し、GI「琉球」の生産基準は泡盛について「容器詰めされて市場に流通した後でも熟成が進むことが特徴である」と明記しています。表示のための時計は同じところで止めるけれど、酒のほうは止まらない。この一点が、後で出てくる話につながります。
ひとつ、はっきり違う数字もあります。度数の天井です。酒税法第3条第10号の単式蒸留焼酎はアルコール分45度以下と定められており、規約が「泡盛」と呼ぶのはこの範囲のもの。ウイスキーは瓶詰めの度数に上限がなく、カスクストレングスなら60度を超える一本も珍しくありません。
ただし例外があります。与那国島でだけ造られる高濃度の「花酒」は45度を超え、酒税法上は原料用アルコールに分類されます。GI「琉球」の対象品目が「単式蒸留焼酎、原料用アルコール」の二つになっているのは、この花酒を抱えているからとみられます。
意外に思われるかもしれませんが、規約の泡盛の定義に、沖縄県産という要件はありません。黒麹菌の米こうじ、全こうじ仕込み、単式蒸留——書かれているのは製法だけです。(同じ規約の第4条第2項は「当該地域において蒸留したものでなければ」地名等を表示してはならないと産地表示は縛りますが、泡盛と名乗ること自体に産地の条件はかかりません。)
産地を要件にするのは、国税庁が指定する**地理的表示(GI)**の「琉球」のほうです。指定は平成7年(1995年)6月30日。「壱岐」「球磨」と並ぶ、日本の酒類GIの第一号にあたります。
生産基準は、製法についてこう定めます。
- 沖縄県内で原料の発酵及び蒸留が行われていること
- 米こうじ及び水を原料として発酵させたもろみを、単式蒸留機をもって蒸留したもの
- 製造工程上、貯蔵する場合は沖縄県内で行うこと
- 消費者に引き渡すことを予定した容器に沖縄県内で詰めること
原料についても、こうじは Aspergillus luchuensis に属する黒こうじ菌の米こうじのみ、水は沖縄県内で採水したもののみ、と縛りがかかります。
スコッチはどうか。スコットランド国内で3年以上熟成することは条文の要求ですが、瓶詰めの扱いは品目で分かれます。同規則の第7条は、シングルグレーンやブレンデッドを木樽のままスコットランド国外へ出すことを禁じたうえで、シングルモルトについては2012年11月23日以降、「小売用のラベルを貼った瓶」以外の形で国外へ移すことを禁じました。事実上、シングルモルトはスコットランドで瓶詰めされます。
同じ「産地の線をどこまで引くか」という問いに、スコッチは品目ごとに違う答えを出し、琉球は品目を問わず容器詰めまで沖縄県内と決めた。日本のウイスキーが2021年の業界自主基準でようやく「ジャパニーズウイスキー」の線を引いたことを思えば、泡盛の側は四半世紀早く国の指定を取っていたことになります。
五つの線を引き終えたところで、もう一つ。この違いが行き着く先の話です。
市販されたウイスキーの最長熟成記録は、現時点で85年です。100年ものは一本も瓶になっていません。樽は呼吸する器で、中身は毎年蒸発して減り、長く置けば置くほど樽の影響が出すぎてしまうからです。
対して沖縄には、戦前まで100年、200年という古酒が家々にありました。それを支えたのが**仕次ぎ(しつぎ)**です。古い順に一番甕、二番甕、三番甕……と並べ、一番甕から汲んだ分は二番甕から補い、二番の減りは三番から補う。減った分をつねに少し若い酒で埋めていくので、いちばん古い甕は空にならず、平均の古さを保ったまま何世代も受け継げます。シェリーのソレラシステムに近い発想です。
これが成り立つのは、同じ「3年」の節で触れた一点があるからです。泡盛は容器に詰めたあとも熟成が進む。だからGIの生産基準も、仕次ぎを「消費者等が自ら『琉球』を古酒に育てる文化」として書いています。買った人が家で育てられる酒、というわけです。
ただし、この伝統と現在の表示ルールは折り合いが悪くなりました。混和すれば最も若い古酒の年数しか表示できず、3年未満の泡盛を足せば「古酒」の表示自体ができなくなるからです。仕次ぎで守られてきた酒ほど、ラベルの上ではその古さを名乗りにくい。制度が精度を上げると、こういう影が落ちることもあります。
そして戦前の古酒の多くは、沖縄戦で失われました。現在公表されているなかで最も古いとされるのは、首里の識名酒造に残る約150年ものです。ただしこれは店頭に並ぶ商品ではなく、蔵に残る甕。街が焼け野原になるなか、先々代が甕を地中深くに埋めて守り抜いたと伝えられるもので、仕次ぎで育てられたというより、封じて生き延びた古酒です。
市販ボトルの85年と、蔵の甕の150年。土俵は違いますが、この差が生まれた背景には器と方式の違いがあります。樽は風味を足す代わりに時間の上限を作り、甕は何も足さない代わりに、封じても注ぎ足しても、時間を伸ばす道を残した。
- 糖化:ウイスキーは麦芽の酵素、泡盛は黒麹菌の米こうじ。黒麹のクエン酸が、亜熱帯での酒造りを可能にした
- 仕込み:泡盛は二次仕込みを行わない全こうじ仕込み。条文の「一次もろみ」がそれを示している
- 熟成の器:スコッチは700リットル以下のオーク樽で3年以上。泡盛は甕・瓶・タンクが中心で、樽を使うこともできるが、色の上限(吸光度0.080以下)によりウイスキーのような濃い琥珀色にはできない
- 年数:3年はスコッチでは下限、泡盛では古酒の線。混和時に「最も若い年数」を名乗る点は共通で、泡盛は2013年の改正で明記され2015年8月に完全適用された。度数は、規約の泡盛に45度以下という天井がある(45度超の花酒は原料用アルコール)
- 産地:「泡盛」の定義に沖縄産の要件はなく、産地を要件にするのはGI「琉球」。スコッチはシングルモルトのみ瓶詰めもスコットランド国内、琉球は品目を問わず容器詰めまで沖縄県内
- その先:ウイスキーは瓶詰めで熟成が止まり、泡盛は瓶の中でも進む。仕次ぎという受け継ぎ方は、この一点の上に立っている
なお、泡盛の起源そのものは、はっきり分かっていません。GI「琉球」の生産基準も「製法の歴史は古く諸説ある」としたうえで、500年以上前に東南アジアや大陸との文化交流を通じて技術が伝わり、琉球の気候風土に適合していく過程で独自の製法が確立したと記すにとどめています。
同じ穀物の蒸留酒でありながら、片方は樽から味をもらい、片方は何ももらわずに時間だけを重ねる。北緯57度のスコットランドと、北緯26度の沖縄。およそ1万キロ離れた土地が、それぞれの気候に合う答えを別々に見つけた——そう思って飲み比べると、透明な一杯の見え方も少し変わるはずです。