なぜボウモア蒸溜所は、島にひとつだけの屋内プールを温めているのか——空いた熟成庫と、ウイスキーが捨ててきた熱
アイラ島でただひとつの屋内プールは、隣のボウモア蒸溜所が出す廃熱で温められている。元は樽の熟成庫だった建物と、蒸溜が必ず生む「余る熱」、そして余ったものを敷地の外へ渡すという選択の話。
アイラ島の中心、ボウモア村。石造りの家が並ぶ坂を海のほうへ下りていくと、蒸溜所の白い壁が見えてくる。その壁に寄り添うように、少し毛色の違う建物がある。25メートル・4レーンのプールを備えた「マクタガート・レジャーセンター」——島でただひとつの屋内プールを持つ施設だ。
そしてこのプールの水は、隣のボウモア蒸溜所が出す余った熱で温められている。
観光向けのちょっとした逸話に聞こえるかもしれない。だが話の順番は逆で、これは「ウイスキー造りとは大量の熱を使い、その多くを捨ててきた産業だ」という事実から生まれた仕組みである。この記事では、なぜ蒸溜所の熱がプールに届くのか、そもそもなぜ熱が余るのか、そしてあの建物が元は何だったのかを追っていく。
ウイスキー造りは、熱を使い、熱を捨てる
麦汁をつくる糖化、そして蒸溜。どちらも「温める」工程だ。スコッチウイスキー協会(SWA)自身が、糖化と蒸溜はエネルギー集約的な工程であり、必要な蒸気は多くの蒸溜所でいまも燃料を燃やすボイラーからつくられていると説明している。同協会は2040年までに「自社の操業」を脱炭素化し、2045年にネットゼロを達成する目標を掲げている。2040年の目標が操業分に限られていることが、この産業の熱の重さを物語っている。
ここで見落とされやすいのが、蒸溜が「加熱」だけの工程ではないことだ。ポットスチルで熱を加えてアルコールを気化させたあと、その蒸気は必ず冷やして液体に戻さなければならない。つまり蒸溜所は、片手で温めながら、もう片手で冷やしている。工程のどこかで使われなかった熱は、そのままなら大気や海へ逃げていくだけの「余り」になる。
蒸溜そのもののしくみはなぜウイスキーの蒸留は「2回」が基本なのかで詳しく書いた。ボウモアが隣の建物へ送っているのは、この工程から出る廃熱を回収したものだ。
その建物は、かつて樽が眠る熟成庫だった
プールが入っている建物は、新築ではない。もとは蒸溜所の熟成庫、つまり樽を寝かせておく倉庫である。
1980年代、ボウモアは村の外に新しい熟成設備を持つようになり、隣接する古い熟成庫が空いた。この建物がコミュニティへ譲られ、レクリエーション施設として使う道が開けた——と伝えられている。屋内プールを求める島の募金は長く続き、集まった額は約100万ポンド。1989年にこれが揃い、施設は1991年に開業した。
名前の由来はサー・イアン・マクタガート(1923–87)。グラスゴーの不動産開発者で、島に暮らす息子のサー・ジョン・マクタガートが資金面で大きく貢献したとされる。運営は現在も地元のコミュニティ企業が担っている。
石壁の厚い旧熟成庫は、もともと外気の影響を受けにくい造りだった。プール室として使うには天井も設備も入れ替える必要があったが、躯体そのものは再利用できた。樽のための建物が、そのまま人のための建物になったわけだ(熟成庫という建物の性質はダンネージ式熟成庫にまとめている)。
2010年代の改修で、建物は蒸溜所と樽の姿を借りた
2010年ごろには建物の老朽化が目立ちはじめ、大がかりな改修が入った。効率改善や設備更新に加えて、見た目にも手が入っている。屋根には蒸溜所に合わせたパゴダ風の換気塔がいくつか載り、プールの上には樽の内側のように見える木の天井が張られた。
借りものの意匠だが、飾りきりではない。載せられた塔は実際に換気塔として働いている。そして借りられた側のボウモアも、パゴダを飾りにしていない蒸溜所のひとつだ。多くの蒸溜所が自前の製麦をやめ、パゴダ屋根を煙の出ない記号として残したのに対し(なぜスコットランドの蒸留所には東洋風の「パゴダ屋根」が載っているのか)、ボウモアはいまも自社のフロアモルティングを維持し、ピートを焚くキルンで麦芽を乾かしている。自社で賄うのは必要量の一部(2〜3割程度とされる)だが、あの屋根の下では今日も煙が抜けている。
なぜボウモアだったのか
条件が揃っていた、というのが答えに近い。
第一に距離だ。熱は運べば運ぶだけ逃げる。プールになった建物は蒸溜所の真隣で、配管を引ける距離にあった。そしてこの近さは偶然ではない。ボウモアは1779年創業とされ、アイラ島でもっとも古い蒸溜所として語られることが多い(実際にはもう少し前から蒸溜していた可能性も指摘されており、創業年には諸説ある)。村の造成が始まったのが1768年ごろだから、村と蒸溜所はほぼ同い年で、はじめから互いの敷地が入り組んでいる。蒸溜所は村の中に、住宅や店と軒を接するように建っている(ボウモア蒸溜所)。
第二に、譲る側がどこの会社だったかだ。1980年代に熟成庫を手放したのは、1963年からボウモアを所有していたスコットランドの会社、モリソン・ボウモア・ディスティラーズである。日本のサントリーが同社の株式の一部(約35%)を取得したのは1989年、完全子会社化したのは1994年で、熟成庫の譲渡はそれ以前の出来事だった。いまボウモアはサントリー・グローバル・スピリッツの蒸溜所であり、同じアイラ島のラフロイグとは姉妹の関係にある。
味わいの側から見たボウモアについてはなぜボウモアは「アイラの入口」と呼ばれ、これほど愛されるのか、レンジ全体の選び方はボウモアの種類と選び方にまとめている。まずは定番の12年から。もう少し軽い入口が欲しければ年数表記のないNo.1でもいい。
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