なぜ蒸溜所は、スチルを新調するとき「へこみまで」写させるのか——「小さなへこみは影響しない」と造り手が言っても、形を変えない世界
「スチルを作り替えるときは、へこみの一つひとつまで写す」——よく語られるこの話を、スチルを造っている当人はどう見ているのか。銅が半分に痩せる日と、変数を一つも動かさないという選択の話。
蒸溜所を見学すると、たいてい一度は聞く話があります。
「スチル(蒸留器)を新しくするときは、古いものとまったく同じに作らせる。へこみの一つひとつまで写し取るんです」
味を守るための執念——そう聞くと、ぐっと来ます。ただ、少し立ち止まると疑問も湧きます。へこみで味が変わるなら、その味はずいぶん危うい土台の上に乗っていることになりませんか。
調べていくと、この話は「本当」でも「嘘」でもない、少し込み入った場所に立っていました。
銅は、半分に痩せたら終わり
まず、なぜ作り直す必要があるのか。
ポットスチルは銅でできています。銅は蒸気に含まれる硫黄化合物を捕まえて酒質をきれいにしてくれますが、ウォッシュ(発酵を終えたもろみ)を沸かしはじめた瞬間から、銅そのものも少しずつ食われていきます。
『Whisky Magazine』の解説によれば、交換の目安は厚みです。銅が元の厚みの半分を下回ったら交換。標準的な厚みは4〜5ミリほどだといいます(直火で焚くポットはもっと分厚く、12〜16ミリを要するとされます)。
面白いのは、痩せる場所がスチルの役割によって入れ替わることです。初留のウォッシュスチルでは首がおよそ8〜10年で交換になり、胴は最大25年ほど持つ。ところが再留のスピリットスチルでは、胴が10〜12年、首が25〜30年と、傷む順番が逆になります。
(銅でなければならない理由そのものはなぜポットスチルは銅でできているのかに書いています)
いずれにせよ、スチルの更新は蒸溜所にとって避けられない予定です。そしてそのたびに、造り手は「同じ味を続けられるか」という問いに向き合うことになります。
増やすときも、答えは「同じものをもう1基」
その答えは、たいてい極端に保守的です。
増産したいとき、蒸溜所は大きなスチルに買い替えません。いま使っているものと同じ寸法・同じ形のスチルを、もう1基注文します。
象徴的なのがザ・マッカランです。2018年に開いた新しい蒸溜所のために、同社はスペイサイドのロセスにある銅細工メーカー、フォーサイス社(創業1890年)へ36基のスチルを発注しました。設計を一新するのではなく、それまで使ってきた小ぶりなスチルの形を写した36基です。報道では、その複製ぶりは「最後のへこみまで」と紹介されました。
フォーサイス社はグレンフィディックやザ・グレンリベットの増設も手がけており、同社の仕事の大きな部分は、新しい形の提案ではなく既存のスチルの正確な複製が占めているといいます。同社のリチャード・フォーサイス氏に取材した記事にも、増設時のスチルは「へこみやくぼみの一つひとつまで丁寧に再現される」と書かれています。
ここまでは、見学トークのとおりです。
ところが、当のフォーサイス氏は「へこみは効かない」と言う
食い違いが出るのはここからです。しかも、ずれているのは記事の地の文と、そこに登場する本人の言葉のあいだです。
フォーサイス社のリチャード・フォーサイス氏は、『Whisky Magazine』の取材にこう答えています。
小さなへこみは何の影響も及ぼさないことが示されている。
同誌は、交換用のスチルの同じ位置にへこみを打ち込むといった類の話を、事実というより業界の言い伝えとして扱っています。同じ記事では、溶接ではなくリベット留めの仕上げを求める注文についても、機能ではなく見た目の問題だと説明されています。
つまり否定されているのは、「へこみまで写す」という慣行そのものではありません。否定されているのは、「へこみが味を決めているから写すのだ」という理由づけのほうです。
効いているのは、もっと大きな寸法
では何が味を決めているのか。答えは、へこみよりずっと大きなスケールの話です。
スチルの高さ、首の細さ、途中にふくらみ(ボイルボール)があるかどうか、ラインアーム(首から冷却器へ向かう管)の角度。これらが決めるのは「還流(リフラックス)」——いったん立ち上った蒸気のうち、重い成分が銅に触れて液体に戻り、釜へ落ちる量です。
背の高いスチルほど、重い成分は上まで登れません。グレンモーレンジィのスチルは5メートルを超え、スコットランドでも有数の高さです。同社で蒸留とウイスキー創造を統括するビル・ラムズデン博士は、背の高い首とボイルボールが高い還流を生み、その結果として自社のスピリッツは「非常にクリーンで、フレッシュで、繊細」なのだと語っています。

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