なぜ同じ一杯が、人によってまったく違う匂いに感じられるのか——嗅覚受容体の3割がすれ違う二人と、「スモーキー」の届き方
同じアイラを「正露丸」と嫌う人と絶賛する人がいるのは、好みの差だけではない。調べられた範囲で二人の嗅覚受容体の対立遺伝子は3割が機能的に異なり、ピート香を象徴するグアイアコールでは、その差が実際に数字になっている。
同じボトルから注いだ同じ一杯を、片方は「正露丸みたいで無理」と言い、もう片方は「これがいい」と言う。ウイスキーを人と飲んでいると、必ず一度は出くわす場面だ。
たいていは「好みの問題だね」で片づく。けれど、そこには好みの前段階の話が混じっている可能性がある——そもそも、二人の鼻に届いている匂いが同じではないという話だ。
しかも、スモーキーなウイスキーの中心にある香り成分については、その差が数字として測られている。ラフロイグが「正露丸」と言われながら熱狂的に愛されるという、あの引き裂かれ方の一部は、飲み手の体の中で起きていることかもしれない。
二人の嗅覚は、そもそも同じ装置ではない
人間が持つ機能的な嗅覚受容体は、およそ400種類とされる。目でいう色の受容体が3種類しかないことを思えば、桁違いの数だ。
問題は、この400種類の設計図が、人によって少しずつ違うことにある。
2014年に Nature Neuroscience で報告された研究(Mainland ら)は、アゴニスト(その受容体を活性化させる匂い分子)が分かっている受容体を対象に、遺伝子の個人差が受容体の働きをどう変えるかを検証した。結果、対象となった受容体の63%に、試験管内での機能を変えてしまう多型が見つかった。
そこから導かれた一文は、この分野でよく引かれる。1000人ゲノムプロジェクトの参加者から任意の二人を取り出すと、27受容体ぶんの54個の対立遺伝子のうち、平均しておよそ16個、割合にして3割ほどが機能的に異なっていた。
隣に座っている人と自分は、香りを受け取る装置の設計図が——少なくとも調べられた受容体については——3割ほど別物ということになる。
同じ研究では、東京の日本人を含むアジア系同士のペアが、どちらもアジア系でないペアより受容体の働きが似ていたことも報告されている。アジア系同士なら比較的近い。それでも、差がゼロになるわけではない。
「スモーキー」の正体で、その差は数字になった
ここからがウイスキー飲みにとっての本題だ。
この研究が知覚との対応を確かめる際に使ったのが、OR10G4 という受容体を最もよく活性化させる分子として知られる、**グアイアコール(guaiacol)**だった。
グアイアコールは、ピートを焚いた煙がモルトに移すフェノール類の代表格のひとつである。『Whisky Magazine』でイアン・ウィズニウスキーは、この物質が「土っぽさ、煙、そして薬品的なニュアンス」をもたらし、と書いている。理由をクレゾールなど他のフェノール類に求める整理も一般的だが、グアイアコールもその一角を担っている。
このコラムの関連
関連するボトル

次に読む

ウイスキーの「2本目」の選び方——動かす軸はひとつだけ。1本目を物差しにして選ぶ
最初の一本を飲み終えたあと、次の一本で迷う人へ。二本目の役割は「もっと高いものを飲むこと」ではなく、好みの輪郭をはっきりさせること。素性・樽・煙・度数という4つの軸のうち「狙って動かすのはひとつだけ」に絞る選び方を、一本目のタイプ別に整理する。

ウイスキーは血糖値を上げないのか——「糖質ゼロ」でも、前夜の酒が翌朝の血糖を下げることがある理由
ウイスキーに糖質はゼロ。だから血糖値には影響しない、と思われがちだ。だが肝臓は酒の分解を血糖の維持より優先する。さらに前夜の一杯は、別の経路で翌朝の血糖にまで尾を引くことがある。一杯・一晩・年単位で向きが変わる血糖の動きを、研究と公的資料から追う。









