なぜパピー・ヴァン・ウィンクルは「世界一手に入らないバーボン」になったのか——小麦を選んだ蒸溜所と、消えた原酒の記憶
年に一度しか出回らず、定価と二次流通価格が桁違いに開くバーボン。その希少性を、小麦のレシピ・閉鎖されたスティッツェル・ウェラー・長期熟成の物理・二次流通の構造から読み解く。
世界一有名なアメリカンウイスキーは、たぶんジャックダニエルかジムビームだ。では、バーボンのなかで「世界一手に入らない一本」は、と聞かれたら、愛好家はほぼ迷わず一つの名前を挙げる。パピー・ヴァン・ウィンクル。年に一度だけ出荷され、抽選に外れた人が二次流通で定価の何倍もの金を積み、ついには盗難事件まで起きた一本だ。
なぜ、たった一つのバーボンがここまでの神話をまとったのか。答えは味の良し悪しだけではなく、「小麦」という選択と、もう存在しない蒸溜所の記憶にある。
「パピー」とは誰だったのか
パピーは架空のキャラクターではない。ジュリアン・P・ヴァン・ウィンクル・シニアという実在の人物だ。
彼は1893年、ルイビルの酒類卸「W.L.ウェラー&サンズ」のセールスマンとして働き始める。1908年には同僚のアレックス・ファーンズリーとともにその卸売会社を買い取り、1910年には、1872年から操業していたA.Ph.スティッツェル蒸溜所を取得した。
この二つが統合され「スティッツェル・ウェラー」として新しい蒸溜所を構えるのは、さらに後のことになる。禁酒法が明けて2年後、1935年のケンタッキーダービー当日、ルイビル郊外シヴリーで操業が始まった。パピーは61歳になっていた。彼はその後も現役の蒸溜家であり続け、1965年に91歳で亡くなっている。
つまり「パピー」という名前は、マーケティングのために作られたブランド名ではなく、一人の男の生涯そのものの通称である。
ライ麦ではなく、小麦を選んだ蒸溜所
スティッツェル・ウェラーを特別にしたのは、レシピだった。
バーボンは法律上、原料の51%以上がトウモロコシと決まっている。残りをどう埋めるかは造り手の自由で、多くはライ麦を使う。ライ麦はスパイシーで、ぴりっとした刺激を与える穀物だ。
スティッツェル・ウェラーは、そこにライ麦ではなく小麦を入れた。小麦はライ麦よりおとなしく、トウモロコシ由来の甘さを前に押し出す。結果として、角の取れた、やわらかいバーボンになる。この造りは「ウィーテッド・バーボン(小麦のバーボン)」と呼ばれ、同蒸溜所は主力製品をこのレシピで揃えた。
いまも小麦系の造りを続けている銘柄はある。メーカーズマークは日本の量販店でも手に取りやすく、「パピーの味の方向性」を知るには手頃な入口だ。
ヘヴンヒルのラーセニーも同じ小麦のバーボンだが、マッシュビルも熟成の構成も異なるため、味の方向はやや違う。飲み比べると「小麦系」という括りの幅が見えてくる。
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