なぜスコッチの蒸溜所は、大手ビール工場が使う「搾る機械」を入れないのか——2000年に一軒だけが乗り換え、その原酒は緑茶にたとえられた
麦芽を挽いて湯と混ぜる「糖化」の設備は、スコッチではほとんど姿を変えていない。ビール工場で使われるマッシュフィルターを採り入れたモルト蒸溜所は、いまも2軒だけ。その2軒の原酒は、どちらも普通ではない。
ウイスキーの味を左右するものとして真っ先に挙がるのは、たいてい樽だ。次にスチルの形、ピートの有無、熟成年数。けれど工程表のもっと手前、湯気の立つ槽のなか——挽いた麦芽を湯と合わせる**「糖化(マッシング)」**——にも、味の分かれ道がある(→ウイスキーはどうやって造られるのか)。
しかもこの一手間だけは、槽の中身こそラウタータンへ更新されたものの、「ひとつの槽で糖化と濾過を兼ねる」という骨格を変えていない。ビール業界では大規模な工場を中心に別方式が使われているのに、スコッチのモルト蒸溜所でそれを採り入れたのは、いまも2軒しかない。
麦芽を「粗く」挽くのは、濾すため
モルトウイスキーの糖化は、ふつうマッシュタン(糖化槽)という円筒形の槽ひとつで行われる。挽いた麦芽に熱い湯を注いでデンプンを糖に変え、そのまま底から甘い液体=麦汁だけを抜いていく。糖への変換と、固体と液体の分離(濾過)を、同じ容器でまとめて片づけるのがこの方式だ。
ここで効いてくるのが、麦芽の殻である。ローラーミルで粗挽きにするのは、雑だからではない。砕けた殻が槽の底に層をつくり、天然のフィルターとして働くからだ(→なぜ蒸溜所は、80年前のモルトミルをいまも回しているのか)。
ただし、この層は微妙な綱渡りの上にある。細かく挽くほど層は密になって麦汁は澄むが、ある線を越えると目詰まりして、液が下りてこなくなる。マッシュタンとは、「粗挽きでなければ回らない」機械でもあるのだ。
粗いということは、取り出せる糖の量にも、扱える穀物にも上限があるということでもある。
ビール工場が使っている「搾る」装置
ビールの世界では、この制約を別のやり方で外している装置がある。マッシュフィルターだ。
まずハンマーミルで麦芽をほとんど粉にしてしまう。糖化は専用の容器で済ませ、そのもろみを、典型的には10から60ほどのプレートと膜でできた装置へ送り込む。膜がふくらんでもろみを圧搾し、麦汁を絞り出す——ティーバッグを潰して最後の一滴まで出すような仕組みである。
利点は分かりやすい。粉にできるぶん、麦芽から取り出せる糖の量が増える。洗い流す湯(スパージ)も少なくて済むので、濃い麦汁が取れる。濾過そのものも速い。
さらに、殻の層に頼らないので、殻を持たないライ麦のような、従来のマッシュタンでは扱いにくかった穀物も仕込める(→なぜウイスキーは大麦だけでなく、トウモロコシやライ麦からも造られるのか)。そして出てくる麦汁は、非常に澄む。
麦汁が澄むかどうかは、味に直結する。濁った麦汁は穀物っぽさやナッツ的な香りに、澄んだ麦汁は花やフルーツを思わせるエステル香に傾きやすい(→麦汁が澄むか、濁るか/なぜ発酵時間の長さでウイスキーの香りが変わるのか)。
それでも、ほとんど誰も入れない
これだけ利点があって、スコッチのモルト蒸溜所で使っているのはティーニニックとインチデアニーの2軒だけだ(アイルランドではミドルトンなどが導入している)。理由は、味の好み以前に実務的なものが並ぶ。
- 設備費が従来のマッシュタンよりずっと高い
- 洗浄と保守の手間が増える
- 満杯にしないと運転できないので、小さなバッチを気軽に回せない
- 糖化用の容器と濾過装置、2台ぶんの置き場所が要る
最後の一点が重い。19世紀の石造りの建物にスチルと槽を詰め込んできた蒸溜所に、機械をもう一台据える余白は乏しい。「伝統を守っている」と語られるものの一部は、建物の都合でもある。
2000年、一軒だけが乗り換えた
ティーニニックは1817年創業、現在はディアジオが所有する大型の蒸溜所で、原酒の多くはブレンデッドに回る。この蒸溜所が2000年、ハンマーミルとマッシュフィルターを導入した。専門メディアはこれを「スコットランドのモルト蒸溜所で唯一稼働しているもの」と記してきた——次に触れるインチデアニーが動きだす前の話である。
結果として得られたのは、極めて澄んだ麦汁だった。そしてその原酒は、エキゾチックで香り高い草の風味——日本の緑茶や、クマリンを含むバイソングラスを思わせる、と評される。
ここは補助線が要る。澄んだ麦汁が生むのは、果実の甘い香りだけとは限らない。穀物由来の重さが削がれたぶん、青い植物のニュアンスや酸のきれいさが前に出ることもある。ティーニニックの緑茶感は、その方向に振れた例だと言えそうだ。
ブレンドの陰に隠れがちな蒸溜所だが、数少ないオフィシャルの定番で、その個性を確かめることはできる。
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