なぜあのスコッチは、樽に板を一枚入れただけで棚から消えたのか——「Banned Edition」と呼ばれるスパイスツリーと、規則が縛っていたもの
2005年発売のコンパスボックス「スパイスツリー」は、樽の内側にフレンチオークの板を挿す手法をとがめられ、一年ほどで棚から消えた。何が規則に触れ、どうやって法の内側から戻ってきたのかを追う。
オークションのカタログを眺めていると、ときどき「Banned Edition(禁止版)」という物騒な但し書きのついたスコッチが出てくる。中身が粗悪だったわけでも、誰かが健康を害したわけでもない。ただ、樽の内側に木の板が一枚入っていた。それだけの理由で「これはスコッチウイスキーではない」と通告され、発売から一年ほどで棚から消えた酒である。
コンパスボックスの「スパイスツリー」。2005年のことだ。
蒸溜所を持たない造り手
コンパスボックスは2000年、ジョン・グレイザーがロンドンで立ち上げた会社だ。前職はジョニーウォーカーのマーケティング責任者。独立して始めたのは、みずから蒸溜はせず、各地の蒸溜所から樽を買い付け、組み合わせて自社の名前で売るという商売だった。
風変わりに見えるが、この業態の歴史は蒸溜所の自社ブランドより古い。ただしコンパスボックスは、樽をそのまま瓶に移すのではなく、複数の原酒を設計して混ぜる。名乗りはブレンデッドモルトやブレンデッドが多く、ピートモンスターのように、性格をはっきり打ち出した銘柄で知られる。

樽に、板を一枚
ワイン造りの世界では、樽の内側に新しいオークの板(ステーブ)を差し込み、木の風味を足す手法が広く使われている。グレイザーはこれをウイスキーに持ち込んだ。
2005年に発売されたスパイスツリーは、アメリカンオークの樽の内側にフレンチオークの板を挿し、そこで追熟させたブレンデッドモルトだった。狙いは名前のとおり、香辛料を思わせる木の香り。評判は良かった。
「伝統的な製法ではない」
ところが、業界団体であるスコッチウイスキー協会(SWA)が異を唱えた。板を挿し込む熟成は伝統的な製法にあたらず、当時のスコッチウイスキーの規則に反する、という主張である。法的措置も示唆され、コンパスボックスは製造と販売を取りやめた。
ここが面白いところで、樽について規則が定めているのは、ほとんど材質と大きさだけだ。現行の2009年規則でいえば、容量700リットルを超えないオークの樽で、スコットランド国内の保税倉庫などに置いて3年以上寝かせること。当時適用されていた1988年法にもとづく1990年令でも、樽についての枠組みはおおむね同じだった。どちらにも「内側に板を入れてはならない」と書いた条文はない。
争点は条文の文字ではなく、「伝統的な造り方といえるか」という解釈のほうにあった。同じ構図は、樽の前歴をめぐる線引きにも顔を出す。条文が黙っている場所ほど、業界の解釈が効いてくる。
市場に出た本数は限られ、残った瓶はいまも「Banned Edition」の通称で取引されている。
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