なぜサントリーローヤルの栓は「鳥居」のかたちなのか——「酉」を模した瓶と、鳥井信治郎が最後に遺した黄金比
サントリーローヤルの瓶は漢字の「酉」を、栓は山崎蒸溜所の丘に立つ椎尾神社の鳥居をかたどっている。1960年、「創業60周年」を掲げて世に出たこの一本に、鳥井信治郎は何を託したのか。
スーパーの棚でも、実家の戸棚でも、あの瓶はすぐに見分けがつく。左右にわずかに張り出した独特の輪郭の上に、小さな門のような栓が載っている——サントリーローヤル。1960年に生まれ、ラベルも中身も移り変わってきたなかで、この瓶と栓のかたちだけは60年以上ほとんど変わっていない。
そして瓶と栓、どちらのかたちにも意味が仕込まれている。

瓶のかたちは、「酒」という字から取られた
サントリーの説明によれば、ローヤルの瓶は漢字の「酒」のつくりにあたる「酉」の字をかたどったものだという。
「酉」はもともと酒を醸す壺を象った文字とされ、十二支では「とり」にあたる。つまりこのボトルは、ラベルの文字ではなく瓶そのもののシルエットで「これは酒である」と名乗っている。ウイスキーの瓶は丸か角が相場だが、あの左右への張り出しは、その一文字を立体にしたものだと思って眺めると腑に落ちる。
栓のかたちは、山崎の丘の「鳥居」
そして、栓である。ゆるやかな反りを持つあの形は、鳥居をかたどったものだ。
モチーフになったのは、山崎蒸溜所の上手の丘に鎮座する椎尾(しいお)神社の鳥居である。サントリー自身が公式ブログでそう明かしている。日本のウイスキーが最初に生まれた土地の、その丘に立つ鳥居が、そのまま栓になっているわけだ。
しかも同社は、そこに創業者の名字「鳥井」と「鳥居」を重ねた遊び心が込められている、とも説明している。愛好家のあいだで語られてきた読み解きは、当の会社が認めているものだった。
椎尾神社と鳥井信治郎の縁は深い。信治郎が山崎をウイスキーづくりの地に選んだ当時、この神社は手入れが行き届かず荒れていたため、彼は地域の人々とともにその復興に力を尽くしたという。ローヤルのブレンドを設計するにあたって、信治郎は鳥居にかかる桜吹雪を思い描いた——そんな話も伝えられている。
1960年、「創業60周年」の最高級品
鳥井信治郎が大阪で鳥井商店を興したのは1899年。のちの寿屋、現在のサントリーである。その会社が「創業60周年」を掲げた1960年に、最高級ウイスキーとして送り出したのがローヤルだった。
発売当初のラベルには「'60」という数字が入っていた。創業60周年と、発売年である1960年を掛けた表記である。この「'60」は1980年代の中頃、SUNTORY ROYAL の頭文字とされる「SR」へと改められ、いまラベルの中央に見えるのはこちらだ。同じ瓶が、時代ごとに違う顔をしてきたことになる。
信治郎は翌1961年に会長へ退き、1962年2月20日にこの世を去った。ローヤルは、彼が最後に手がけた最高級ウイスキーとして知られている。
「日本人がうまいと感じる比率」を探し続けた果てに
鳥井信治郎は、日本で初めて本格的なウイスキー蒸溜所——山崎蒸溜所——を建てた人物であると同時に、自らブレンドを手がけた初代マスターブレンダーでもあった。ローヤルは、彼が長い試行錯誤の末にたどり着いた香り・味・色の「黄金比」を形にした一本だと、サントリーは説明している。
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