なぜウイスキーの会社は、蒸溜所から遠く離れた山を手入れしているのか——森と結ぶ協定は原則30年から、長いもので100年
蒸溜所の紹介はたいてい「水」から始まる。だがその水を守る仕事は敷地の外、山の中で動いている。原則30年・長いもので100年という森の協定、地下水が届くまでの年月、そして王冠のコルク不足から買われた山の話。
「水がいい土地だから、ここに建てた」——蒸溜所の由来を読むと、たいてい最初に水の話が出てくる。仕込みに使う水、冷却に使う水、最後に度数を落とすために足す水。ウイスキーは、中身の大半が水である。
その水のために、蒸溜所の敷地ではなく山の中で、何十年という単位の仕事が動いている。しかも手を入れている森の多くは、造り手自身の土地ですらない。
この記事では、造り手がなぜ森に手を入れるのか、その仕事がどれくらいの年月と面積で動いているのか、そして日本とスコットランドで水の守り方がなぜ正反対に見えるのかを追う。
いま汲んでいる地下水は、ずっと前に降った雨
まず、時間の話から。
サントリーは自社の天然水について、雨が地中に浸透してから地下水として汲み上げられるまで、およそ20年かかると説明している。地層をゆっくり通り抜けるあいだに濾され、澄んだ水になる、という筋書きだ。ちなみに南アルプスの水はミネラルの少ない軟水で、硬度は30mg/L前後とされる。「ミネラル豊富だから旨い」という話ではない。
この「約20年」は水の由来を語る文脈で引かれることが多いが、仕事の話として読むともう少し厳しい意味を持つ。
今年の森の手入れが効いてくるのは、20年後ということだ。裏返せば、いま汲んでいる水は、20年前に山がどうなっていたかの結果である。手を打ち遅れても、遅れたと気づけるのはずっと先になる。
ウイスキーの造り手は、答え合わせが十数年後にしか来ない仕事に慣れてはいる(なぜウイスキーの造り手は、自分の判断の答え合わせを十数年後にしかできないのか)。樽に詰めた判断の正否は、十数年後の自分が飲んで知る。ただ水の場合、時計はさらに長く回り、しかも自分の敷地の外で回っている。
森を「買う」のではなく、30年借りて手入れする
サントリーが2003年に始めたのが「天然水の森」という活動だ。最初の一か所は阿蘇だった。
林野庁がまとめた企業事例集によれば、この活動はボランティアやCSRではなく、商品生産の持続可能性を守るための基幹事業として位置づけられている。まず取りかからねばならなかったのは、全国の工場の水源涵養エリアを特定し、必要な面積を算定することだった。そのために社内に水科学研究所を設立した、とある。
規模は年を追って広がった。同じ資料では2015年時点で13都府県18カ所・約8,000ヘクタール。2025年の取材記事では16都府県26カ所・1万2,000ヘクタール超と紹介されており、国内工場で汲み上げる地下水量の約2倍以上にあたる水が育まれている、というのが同社の説明である。
興味深いのは面積よりも協定の長さのほうだ。対象の森林は国有林・県有林・市町村林・財産区共有林・私有林と所有形態がばらばらで、国や自治体の制度を使って協定を結んでいく。その期間は原則として最低30年。長いものでは100年の協定もある(赤城、丹沢)。理想の森づくりには最低でもその程度の年月が要る、というのが挙げられている理由だ。
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