なぜスコットランドの蒸溜所は、雨の降らない夏に止まるのか——製品に一滴も入らない「9割の水」と、記録的に細った川
ウイスキーは水がなければ造れない。だが蒸溜所が使う水の約9割は、製品に一滴も入らない冷却水だ。2018年に10週間止まった蒸溜所、2025年の292件の取水制限、そして川が記録的に細った2026年7月までをたどる。
2026年7月、スコットランド東部の川が細っている。スコットランド環境保護庁(SEPA)の7月23日時点のレポートによれば、複数の観測地点で記録に残るなかでも最低水準に近い流量となり、アンガス地方ではその直前の3週間の雨がわずか3mmに満たなかった。7月27日、SEPAは一部の流域で、許可済みの取水そのものに一時的な制限をかける措置に踏み切った。
ウイスキーは、水がなければ造れない。だから川が細れば、蒸溜所も無関係ではいられない。
ただし——「夏に蒸溜所が止まる」こと自体は、スコッチの歴史でいちばん古いリズムでもある。新しいのは止まることではなく、止まり方のほうだ。
ウイスキーが使う水は、三種類ある
蒸溜所が川や泉から引く水には、役割の違う三つがある。
ひとつめは仕込み水。粉砕した麦芽と混ぜて糖を溶かし出す湯で、これは最終的に製品の中身になる。
ふたつめは加水。樽から出した原酒を瓶詰め用の度数まで薄める水で、じつは製品の中に入る水としては、これがいちばん量が多い(このあたりは「なぜウイスキーづくりには水が大切だと言われるのか」で詳しく書いた)。
そして三つめが冷却水だ。ポットスチルから立ちのぼったアルコール蒸気は、コンデンサー(またはワームタブ)で冷やされて初めて液体に戻る。このとき蒸気の熱を受け取るのが冷却水である。
ここが今回の話の鍵になる。冷却水は製品に一滴も入らない。だが蒸溜所が使う水の総量で見れば、その約9割はこの冷却水なのだ。しかもこの水は、使い終われば水源に戻される。
つまり蒸溜所は、飲むための水よりはるかに多くの水を「冷やすため」に川から借りている。返しはするが、借りられなければ動けない。川が細れば、借りられる量が減る。スチルを焚けなくなるのは、たいてい仕込み水ではなく冷却水のほうが先に足りなくなるからだ。
「サイレントシーズン」は、もともと水が足りない季節だった
スコットランドの蒸溜所には、毎年数週間だけ生産を止める期間がある。サイレントシーズンと呼ばれる(この季節そのものについては「なぜ蒸溜所は、夏になると『沈黙』するのか」にまとめてある)。
かつてこれは、いまよりずっと長かった。伝統的には10月から5月までが蒸溜のシーズンで、6月から9月は沈黙の季節。理由は大きく二つある。ひとつは労働力で、夏のあいだ働き手は畑とピート採掘に取られ、蒸溜所の雇用そのものが季節的だった。そしてもうひとつが、夏は使える水が少なかったことだ。
現在のサイレントシーズンは、大きな修繕がなければ3週間ほど、必要があれば4〜5週間。その中身は設備の点検・清掃・修繕に変わった。名前に反して、現場はむしろ忙しい。
ここが大事なところで、「夏に止まる」という設計思想は、そもそもスコッチの造りに最初から埋め込まれている。だから渇水による停止を「前例のない異常事態」と言い切るのは、あまり正確ではない。
新しいのは、その停止が予定外に前倒しされ、想定より長引き、規制当局の通知を横目に決められるようになったことだ。
2018年——40年でいちばん暑かった夏
その変化がはっきり見えたのが2018年だった。
スペイサイドのグレンファークラスは、例年のサマーシャットダウンを通常より2週間早く始め、結果として合計10週間、蒸溜が途切れた。同蒸溜所はこの夏を「40年で最も暑い夏」と振り返っている。業界の通常の休止が3週間ほどであることから概算すれば、予定外に上乗せされたのは7週間ほどということになる。
ハイランドのブレアソールでは、水を引いていた小川「アルト・ドゥール」が涸れ、4週間スチルが止まった。ゲール語で「カワウソの小川」を意味するこの流れは、蒸溜所が1798年にまだ「アルダワー」と名乗っていたころ、その名の由来になった水源そのものである。220年後、名前の元になった川が涸れて生産が止まった。
アイラ島でも、複数の蒸溜所がこの夏の渇きに足を取られた。

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