なぜ樽で寝かせた焼酎は、ウイスキーのような琥珀色で売られないのか——0.080という上限と、「ウイスキーに見えてはいけない」という条件
樽に入れれば焼酎も色づく。それなのに棚の樽貯蔵焼酎はどれも淡い。着色度には0.080という上限があり、超えたぶんはろ過で抜かれている。しかも縛られているのは色だけではなかった。ウイスキーの側から見ると、この線の意味が見えてくる。
ウイスキーの琥珀色は、樽が与えたものだ。無色透明で樽に入った酒が、何年も木と向き合ううちに色を受け取る。だから色は熟成の痕跡であり、グラスを光にかざす楽しみの半分は、そこにある。
同じことは焼酎にも起きる。木の樽に入れれば、焼酎もまた色づく。原理に酒の種類は関係ない。
ところが酒屋の棚に並ぶ「樽貯蔵焼酎」を手に取ると、どれも驚くほど淡い。長く寝かせたと書いてあるのに、ウイスキーのような濃い琥珀にはならない。造り手が薄い色を好んだからではない。日本には、焼酎の色の濃さに数字で上限を定めた決まりがある。
しかも縛られているのは色だけではなかった。条文を追っていくと、そこにあるのは「ウイスキーに見えてはいけない」という一連の規律だった。
430ナノメートルと480ナノメートル、そして0.080
業界で「光量規制」と呼ばれてきた決まりがある。内容はきわめて即物的だ。
酒に光を通し、どれだけ吸収されるかを測る。この値を吸光度という。色が濃いほど光は通らず、値は大きくなる。木の樽に貯蔵した焼酎を製造場から出すときは、430ナノメートルと480ナノメートルという二つの波長で吸光度を測り、そのどちらもが0.080以下でなければならない。
数字で線が引かれているので、解釈の余地はない。測って超えていれば、その酒は焼酎としては出せない。
仕組みを正確に書いておくと、こうなる。木製の容器に貯蔵した焼酎を移出するには税務署長の承認が要る、という義務そのものは酒税法(第50条第1項第7号)と施行令(第56条第3項第2号)に定めがある。0.080という数字のほうは法律の条文ではなく、国税庁が承認の基準を示した「酒税法及び酒類行政関係法令等解釈通達」に書かれている。
つまりこの数字は、法改正を経なくても、当局が基準を改めれば動きうる種類のものだ。焼酎の造り手のあいだで長く議論が続いてきたのは、そこに理由がある。
色は、あとから抜かれている
上限があるということは、超えた酒をどうにかしなければならないということだ。実際の蔵では何が起きているのか。
樽貯蔵の米焼酎「メローコヅル」で知られる鹿児島の小正醸造は、取材に対して色を落とす作業をこう説明している。ろ紙を通して濾過する——「ちょうどコーヒーフィルターのようなもの」だという。度数を調整するための加水や、樽に入れていない透明な原酒、いわゆる「白モノ」をブレンドして薄める方法も併用する。原酒を冷やして液体に粘性をつけると、さらによく色が落ちるとも語られている。
ここが、この決まりのいちばん奇妙なところだ。樽が何年もかけて与えた色を、瓶に詰める前に人の手で抜いている。 しかも抜かれるのは色だけではない。色を担っているのは樽から溶け出した成分でもあるから、濾過は香味にも触れる。
ウイスキーの世界にも、冷やして濾過するチルフィルタリングという工程があり、濁りを取る代わりに風味の一部も落ちるとして議論がある。ただしあちらは、造り手が自分の判断でやるかやらないかを決められる。焼酎の色は、そうではない。
縛られているのは、色だけではない
通達を読み進めると、樽貯蔵焼酎に課された要件は三つあることが分かる。ひとつ目が着色度0.080以下。残りの二つは、色ではなく見せ方の話だ。
ふたつ目は、「単式蒸留焼酎」といった品目の表示を、主たる商標を載せたラベルの中に、決められた大きさ以上で明瞭に出すこと。小さく隠すことは許されない。
三つ目が、この記事の核心にあたる。「他の酒類に誤認されるような表示及び広告宣伝をしない」こと。 そして通達は、わざわざ注を付けてこう説明している——ここでいう誤認とは、「ウイスキー又はブランデー等、他の酒類の特性を主張し、又はこれらの酒類のイメージを意識させるような表示等」をいう、と。
まっさきに名前が挙がるのは、ウイスキーとブランデーである。つまりこの規制が防ごうとしているものは、条文自身が書いている。焼酎が、ウイスキーに見えてしまうことだ。色の上限は、その一部にすぎない。
樽の焼酎のほうが、決まりより先にあった
順序を確かめておきたい。規制があったから樽の焼酎が生まれなかった、という話ではない。
小正醸造の二代目・小正嘉之助は、焼酎もウイスキーやブランデーのように樽で寝かせればもっと美味しくなるはずだと考え、1951年に原酒を樫樽へ入れた。六年寝かせて世に出したのが、1957年発売の「メローコヅル」である。本格焼酎の木樽熟成を初めて手がけた蔵とされる。
一方、着色度の上限が設けられたのは、小正醸造の説明では1962年ごろのこと。メローコヅルの発売から五年後にあたる。
樽で寝かせた焼酎が先にあり、その色に上限を引く決まりが後から来た。この順番は、決まりの性格を考えるうえで小さくない。
なぜ、線が引かれたのか
では、なぜ線を引く必要があったのか。当局が理由を公式に説明した文書は見当たらず、業界で語られているのは関係者の見立てである。
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