なぜ蒸溜所には猫がいたのか——28,899匹を捕ったとされる猫トウザーと、大麦を守った番人たち
ウイスキーの蒸溜所には、かつて猫がいた。生涯に28,899匹のネズミを捕ったとされるトウザーをはじめ、番人たちの記録が残る。なぜ酒を造る場所に猫が必要だったのか、そしてなぜ姿を消したのかを、フロアモルティングの衰退と衛生規則からたどる。
古い蒸溜所の写真を眺めていると、思いがけないものが写り込んでいることがある。仕込み場の隅、あるいは麦芽の山の上で、丸くなって眠っている猫だ。
スコットランド・パースシャーには、その猫の銅像まで立っている。名前はトウザー。生涯に28,899匹のネズミを捕ったとされ、ギネス世界記録に名を刻んだ一匹である。
なぜ、酒を造る場所に猫がいたのか。そしてなぜ、いまはほとんど見かけなくなったのか。ネズミ捕りという地味な仕事から、ウイスキー造りの変化が見えてくる。
大麦のあるところに、ネズミがいた
理由は色気も何もない。モルトウイスキーの原料は大麦であり、大麦のあるところには必ずネズミが出るからだ。
かつての蒸溜所は、自前の製麦場を持っていた。フロアモルティング——大麦を水に浸し、石やコンクリートの床いっぱいに広げ、人の手で返しながら数日かけて発芽させる工程である。つまり蒸溜所の一角には、常に大量の穀物が床に敷き詰められていた。
ネズミにとって、これほど条件のいい越冬先はない。食い荒らされれば原料の損失に直結する。だから蒸溜所は猫を置いた。猫の側にも言い分はある。暖かい寝床と、途切れない獲物。両者の利害は、驚くほどきれいに一致していた。
28,899匹——トウザーという例外
その番人のなかで、群を抜いた記録を残したのがトウザーだ。
舞台はパースシャー・クリーフ近郊のグレンタレット蒸溜所。1928年にいったん解体され、1960年前後に再建されたこの蒸溜所で、トウザーは1963年4月に生まれた。1987年3月に息を引き取るまで、24年近い生涯のすべてをここで過ごした長毛のべっ甲柄(トーティシェル)のメス猫である。
生涯の捕獲数は28,899匹。単純に割れば、一日3匹以上を捕り続けた計算になる。
ただし、この数字の出どころは正直に書いておきたい。誰かが全期間を数え上げたわけではない。数日間トウザーを観察して一日あたりの平均を出し、それを生涯分に引き延ばした推計値である。ギネス世界記録側も「もっとも科学的な方法とは言えない」と認めている。もっとも同時に、彼女の捕獲ペースが生涯を通じてほぼ一定だったことから、推計としてはかなり近い線だろうとも述べている。
夜ごとミルクにウイスキーを数滴たらしてもらっていた、という話も伝わる。それが長寿の秘訣だったのか、狩りの獰猛さの理由だったのか——ここは笑って読むところで、真に受けるところではない(猫にアルコールを与えてはいけない)。
彼女の死後、蒸溜所には銅像が建てられた。2002年、エドリントンが220万ポンドを投じてここにビジターセンター「ザ・フェイマスグラウス・エクスペリエンス」を開くと、銅像はその建物の外に立つことになる。エドリントン傘下の時代、グレンタレットの原酒はブレンデッド「フェイマスグラウス」の構成原酒のひとつであり、同社は蒸溜所をこのブランドの「故郷」として位置づけていた。2019年に蒸溜所がラリック・グループらの新会社へ売却されると(フェイマスグラウスの商標はエドリントンに残った)施設はそれまでの形での役目を終えたが、銅像はいまも蒸溜所の敷地に立っている。
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