なぜ生まれたばかりの蒸溜所は、使い古しのワイン樽をわざわざ削ってから使うのか——「空飛ぶウイスキーの医師」が遺したSTRという処方
削って、焼いて、焦がし直す——一度使い終わったワイン樽をそう作り替えると、若い酒が年齢以上の顔を見せる。パリの試飲会で4年のカバランに騙された男が、のちに自分の蒸溜所をその樽で建てるまで。
スコッチウイスキーは、3年寝かせれば「ウイスキー」と名乗れる。だが3年の酒は、たいてい3年の味しかしない。
新しく蒸溜所を始めた人にとって、これは残酷な算数だ。設備に投資し、大麦を仕込み、原酒を樽に詰める。それでも売れるものが手元にできるのは何年も先で、しかも最初に出せる一本は、たいてい「若い」と言われる。
時間は買えない。ならば、時間の側ではなく、樽の側を変えられないか——そう考えた人がいた。
時間を持たない造り手が、樽に手を入れる
熟成を早める手立てとして昔から知られているのは、小さな樽を使って原酒が木に触れる割合を増やすことと、暑い土地に置いて反応そのものを速めることだ。どちらも効くが、代償もある(なぜウイスキーの熟成は「近道」できないのか)。
もうひとつの道が、樽そのものを作り替えることだった。
ウイスキーの樽は、たいてい誰かの使い古しである(なぜ空になったウイスキー樽は「次の仕事」へ回されるのか)。中古の樽は、前の中身の記憶と、木そのものの成分を抱えている。ならば前の記憶を削り取り、木の側だけを起こし直せばいい——そういう発想だ。
「空飛ぶウイスキーの医師」
この処方を書いたのが、ジム・スワン博士(1941〜2017)である。
エディンバラのヘリオット・ワット大学で化学と生物科学の博士号を取り、インヴァレスク・リサーチ・インターナショナルに置かれた科学チームの創設メンバーになった。このチームは1974年にペントランズ・スコッチ・ウイスキー・リサーチとして独立し、現在のスコッチ・ウイスキー研究所の前身にあたる。1979年には同僚のシーラ・バートルズとともに、スコッチウイスキーで最初のフレーバーホイールを作っている。熟成研究グループを率いたのち、1993年にこの組織を離れた。
そこから彼が引き受けたのが、世界中の新しい蒸溜所だった。アイラのキルホーマン、ウェールズのペンダーリン、台湾のカバラン、インドのアムルット、イングランドのコッツウォルズ、スコットランドのアナンデールやリンドーズ・アビー。スコッチウイスキー専門メディアの追悼記事は、彼の特技を「立ち上げたばかりの蒸溜所が最初から走り出せるようにすること。製造と熟成の技術で、若いうちから親しみやすく、それでいて質を落とさない酒をつくること」と紹介している。
「空飛ぶウイスキーの医師」「ウイスキーのアインシュタイン」と呼ばれたのは、そういう仕事ぶりへの呼び名だ。
削って、焼いて、焦がし直す
その代表作がSTR——Shaving(削る)、Toasting(焼く)、Re-charring(焦がし直す)の頭文字である。
素材に選ばれたのは、ワインを入れていた樽だった。理由のひとつは単純で、中古の赤ワイン樽が市場に大量に余っていたからだ。ただし、そのまま使えばワイン由来の渋みや強い風味が出すぎる。
そこで、内側を薄く削る。ワインの染みた層を落とし、その下の生きた木を出す。次に炙って(トースト)木の構造をほどき、木の糖を引き出す。最後に強い炎で焦がす(リチャー)。焦がせば糖はカラメル化し、木の表面積が増え、さらに炭の層が原酒を濾す働きをする。樽を焼くこと自体はバーボン樽でも当たり前の工程だが(なぜウイスキーの樽は、わざわざ内側を「焦がす」のか)、STRが違うのは、それを一度使い終わった樽に対してやり直す点にある。
キルホーマンはこの手法を「故ジム・スワン博士の創案」と明記し、削ることで表面に残る赤ワインの強い風味を抑え、焼き直しで渋みや不要な化学結合を分解して、糖・バニラ・スパイスの側へ置き換えるのだと説明している。新樽ではない。かといって、疲れた中古樽でもない(ファーストフィルとリフィル)。削られた分だけ、樽は若返る。
パリの試飲会で、4年の酒に騙された男
効果は、わかりやすい形で現れた。
2013年6月、パリの試飲会で、ある一杯が出された。カバランのソリスト ヴィーニョ・バリック。アメリカンオークの、赤と白のワインを入れていた樽を削って焼き直し、そこで熟成させた一本である。
その場にいた男は、こう振り返っている。「打ちのめされた。しかもそれが台湾製で、たった4年だと聞かされて、なおさらだった」。以来それは彼の「余興」になった。ウイスキー仲間に黙って出すと、全員が「二桁年数のワイン樽スペイサイド」だと確信したという。
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