なぜオーバン蒸溜所は、町よりも先に建っていたのか——1エーカーに満たない敷地と、崖の下から現れた洞窟
スコットランド西海岸の港町オーバン。その目抜き通りに建つ蒸溜所は、実は町より先にあった。1794年創業、いまも2基のスチルで造り続ける「広がれない蒸溜所」と、火災後の再建で現れた洞窟の物語。
オーバン(Oban)という町の名は、ゲール語の「小さな湾(An t-Òban)」に由来する。スコットランド西海岸、マル島やアイオナ島へ渡るフェリーが発着する港町だ。
ウイスキーの蒸溜所は、たいてい町の外れにある。水と大麦、そして人目につかない静けさを求めて、谷や海辺に建てられたからだ。ところがオーバンは違う。目抜き通りのど真ん中、建物と建物のあいだに押し込まれるようにして蒸溜所が建っている。
理由は単純だ。順序が逆だった。蒸溜所のほうが、町より先にあったのである。
1794年、まだ町のなかった湾に
1794年、ヒューとジョンのスティーブンソン兄弟がこの入り江に蒸溜所を開いた。前年に始めていた醸造所を、ウイスキー造りへ切り替えたものだった。
当時ここにあったのは天然の良港と、漁や造船に携わるわずかな人々だけで、集落と呼べるものはほとんどなかった。蒸溜所が動きはじめ、働き手が集まり、家が建ち、通りができていく。オーバンが「バラ・オブ・バロニー」——領主に市場や交易の特権が認められた自治町——として正式に認められたのは1811年のことだ。
つまりこの町は、ウイスキーの周りに生まれた。オーナーのディアジオ自身も、オーバンを「ウイスキーが建てた町」と紹介している。
広がれない蒸溜所
町より先に建った代わりに、オーバンはあとから町に囲まれてしまった。敷地は1エーカーに満たない(約46,069平方フィート)。三方を町の建物に、残る一方を背後の崖に挟まれ、外へ広がる余地がない。
だからスチルは今も2基だけだ。スコットランドでも最小級の規模で、年産はおよそ67万リットル、造りに携わるのは7人ほどとされる。大手が所有する蒸溜所としては、驚くほど小さい。
小ぶりのランタン型スチルでゆっくり蒸溜し、立ちのぼった蒸気は屋外に置かれたワームタブで冷やされる。銅管をとぐろのように巻いて水槽に沈める、古い方式だ。現代的なシェル&チューブ式に比べて蒸気と銅の触れる面積が小さく、そのぶん重さや厚みが残りやすいとされる。いまも使い続ける蒸溜所はごく少数で、オーバンはその一つである。
崖の下から現れた洞窟
1890年、蒸溜所は火災に見舞われた。全焼こそ免れたものの、傷んだ部分の建て直しに長い時間がかかっている。当時の所有者ウォルター・ヒギンは、生産を止めないよう建物を少しずつ解体しては建て直し、あの小さなスチルの形も忠実に写し取ったと伝えられる。
その工事の最中、背後の崖の下から洞窟が現れた。海面から40フィートほどの高さの穴に、人骨が眠っていたのである。発見当時の記録では大人4人と子ども4人分とされるが、後年の再検討では数え方が異なり、人数には幅がある。
遺骨は当時のスコットランド国立古代博物館(現・スコットランド国立博物館)に収められた。長らく、この一帯の中石器時代の文化「オバニアン」に属するものと見なされてきたが、近年の放射性炭素年代測定では、もっと新しい鉄器時代のものとする研究もある。年代の解釈はいまも定まっていない。
はっきりしているのは、町が生まれるはるか前から、この小さな湾に人が身を寄せていたということだ。洞窟そのものは、建て直された蒸溜所の下に消えた。
「クラシックモルト」が与えた居場所
20世紀のオーバンは、決して安泰ではなかった。1931年から1937年、そして1969年から1972年(スチルハウス新設のため)と、二度の長い休止を経験している。小さな蒸溜所は、需要が縮めば真っ先に止まる。
転機は1980年代末だった。当時のユナイテッド・ディスティラーズ(現ディアジオ)が、産地ごとの個性を代表する6つのシングルモルトを「クラシックモルト」として売り出し、オーバン14年が西ハイランドの代表に選ばれた。ラガヴーリン、タリスカー、クラガンモア、ダルウィニー、グレンキンチーと肩を並べたことで、2基のスチルが生む酒は世界の棚に居場所を得た。
顔となる一本と、入口の一本
看板はやはり14年だ。潮の気配、オレンジピールのような柑橘、蜂蜜の甘み、そして奥にかすかな煙。アイラほど煙たくなく、スペイサイドほど華やかでもない。「西ハイランド」という呼び方がいちばんしっくりくる、ちょうど中間の立ち位置にある。
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