なぜあのボトルには蒸溜所の名前がなく、数字だけが書かれているのか——1978年に割り勘で買った一樽と、名前を伏せる二つの理由
バーの棚にときどき紛れている、銘柄名のないボトル。刷られているのはドット付きの数字と、詩のような一文だけ。40年以上その作法を貫くスコッチモルトウイスキー・ソサエティの、数字の読み方と、名前を伏せる二つの理由。
バーの棚に、明らかに浮いている一本が混じっていることがある。
銘柄名らしきものがない。代わりに大きく刷られているのは、「53.417」のようなドット付きの数字。その下に、詩なのか冗談なのか判じがたい短い一文が添えられている。度数は58%だの61%だの、やたらと高い。
偽物ではない。むしろ、スコッチの世界でもっとも長く続く会員制クラブを自任する団体の、正規のボトルである。
ザ・スコッチモルトウイスキー・ソサエティ(The Scotch Malt Whisky Society、以下ソサエティ)。1983年に発足したこの団体は、40年以上にわたって、蒸溜所の名前を書かないボトルを出し続けている。
なぜ書かないのか。そして、あの数字は何を意味しているのか。
数字は「蒸溜所番号.その蒸溜所から何樽目か」
まず、暗号のほうから解いておきたい。
ソサエティのボトルに刷られた数字は、ドットを挟んだ二つの部分でできている。ドットの前が蒸溜所を指す番号、後ろがその蒸溜所から瓶詰めした何樽目かを表す。「2.35」なら、2番の蒸溜所から瓶詰めした35樽目、という意味になる。
番号は、その蒸溜所の原酒をソサエティが初めて瓶詰めした順に振られていく。だから若い番号ほど、この団体との付き合いが古い。
モルト以外にも手を広げているため、頭にアルファベットが付くこともある。グレーンウイスキーには「G」が与えられ、バーボンやラム、コニャックといったカテゴリーにもそれぞれの記号が割り当てられている。
そして「1.1」——1番の蒸溜所から瓶詰めした、記念すべき1樽目。これが世に出たのは1983年8月のことだった。中身は、グレンファークラスの1975年のシェリー樽である。
始まりは、割り勘で買った一樽だった
その一樽には、前史がある。
1970年代後半、エディンバラで税務の仕事をしていたフィリップ(ピップ)・ヒルズは、ハイランドを旅するうちに、樽から直接汲んだウイスキーの味を知ってしまった。瓶で売られているものとは、まるで別物だったという。
1978年、彼は知人たちを説き伏せて、グレンファークラス蒸溜所の樽を一本、共同で買う。つまり割り勘である。仲間内で分けて飲むうちに人数は増え、買う樽も増えていった。
1983年、この私的な集まりは会員を広く募る組織として動き出す。同じ年、ソサエティはエディンバラの港町リースにある「ザ・ヴォルツ」という建物を5万ポンドで手に入れた。ワイン商が長く使っていた古い建物で、地下の石造アーチの倉庫は1200年より前まで遡ると考えられている。
創業に名を連ねたのは5人。ヒルズのほか、俳優のラッセル・ハンター、建築家のベン・ティンダルらが加わった。ヒルズ以外の4人は1万ポンドずつを現金で出し、ヒルズが差し出したのは、1万ポンド相当の時間と、建築まわりの差配だったと記録されている。

Glenfarclas 105 Cask Strength
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