なぜウイスキーの倉庫が燃えると、川の魚が死ぬのか——アルコールは魚に「ほぼ無毒」なのに、推計12万匹が死んだ
2019年7月、ケンタッキーの熟成庫に落雷。焼け残ったバーボンが川へ流れ、下流で魚が浮いた。だがアルコールは魚にほぼ無毒だ。では何が魚を殺したのか。NOAAの資料と当時の報道から、火が消えたあとに始まる被害をたどる。
2019年7月2日の夜11時半ごろ、ケンタッキー州ウッドフォード郡。熟成中のバーボンを積み上げた倉庫に、落雷があった。火は数日燃え続けた。
だが、この事故で長く尾を引いた被害は、火が消えたあとに、川を下りながら現れる。数日後、ケンタッキー川には腹を上にした魚が浮きはじめた。州の推計では、死んだ魚は12万匹を超えた。
不思議なのはここからだ。魚を殺したのは、アルコールの毒性ではない。
二棟が燃え、一棟は守られた
火が出たのは、ヴァーサイルズ(Versailles)近郊のマクラッケン・パイク沿いに建つ、ビームサントリーの熟成庫だった。ここはもともと1987年に閉じたオールドクロウ蒸溜所の跡地で、蒸留設備はなく、樽を寝かせるためだけに使われている。ジムビーム蒸留所そのものは、同じケンタッキー州でも別の郡のクラーモントにある。造る場所と貯める場所は、はじめから離れているのだ。
炎は隣の棟にも燃え移ったが、消防隊は到着後まもなく二棟目を抑え込み、守り切っている。一棟目は燃えるにまかせた。アルコール火災では、無理に消し止めるより、燃やし切らせながら冷却水で延焼を止めるほうが定石とされる。
失われた一棟に入っていたのは、比較的若いジムビームの原酒、およそ4万5,000樽。量にすれば200万ガロンを超える(のちに州と交わされた合意命令にもとづくAP通信の記事では、焼失した樽は「約4万樽」、出火日は日付をまたいだ「7月3日」と報じられている)。
問題は、燃え残った酒と、消火に使われた大量の水が、どこへ行ったかだった。敷地のわきを流れるグレンズクリークに入り、そこからケンタッキー川へ注いだのである。
州が追跡したアルコールの帯(プルーム)は、長さおよそ23マイル——37キロメートル近くに伸びた。それがゆっくりと下流へ移動し、数日かけてオハイオ川に達している。
「酒に酔って死んだ」のではない
ここが、直感と食い違うところだ。
アメリカ海洋大気庁(NOAA)が流出事故の対応者向けにまとめた資料に、はっきり書かれている。エタノールは水生生物に対して「実質的に無毒(practically nontoxic)」であり、24時間の急性毒性試験では、多くの種で半数致死濃度が100mg/Lを超える。ウイスキーが川の水で薄まった程度の濃度では、魚が中毒死することはまずない。
(なおこの資料は、鉄道で運ばれる「変性エタノール」を主な対象としたものだが、以下に引く毒性・BOD・消火の記述は、いずれもエタノールそのものの性質にもとづくもので、バーボンの流出にもそのまま当てはまる。)
では何が起きたのか。同じ資料が続けて説明している。エタノールは生物化学的酸素要求量(BOD)が高い。水に入ると微生物がそれを猛烈な速さで分解しはじめ、その呼吸に、水に溶けていた酸素を使ってしまう。残されるのは、酸素の乏しい水——貧酸素の水塊だ。
魚は、毒で死んだのではない。窒息したのである。
言い換えれば、ウイスキーは川の微生物にとって極上のごちそうだった。突然の宴会が始まり、酸素がそちらのテーブルへ運ばれ、もとからそこに住んでいた魚の分が足りなくなった。それがこの事故の中身だ。
被害は「遅れて」「下流で」出る
この仕組みは、被害の出かたまで決めてしまう。
毒物なら、濃い場所でいちばん多く死ぬ。だが酸素の欠乏は、微生物が食べ進む時間のぶんだけ遅れてやってくる。しかも川は流れているので、酸素の乏しい水の塊そのものが下流へ動いていく。NOAAの資料も、大規模な流出では貧酸素の帯が下流へ移動し、流出から数十マイル・数日にわたって魚を殺し続けると書いている。
実際、ケンタッキー州の魚類野生生物資源局は、グレンズクリークとケンタッキー川のおよそ62マイル(100キロメートル)にわたって死んだ魚を確認している。推計12万170匹、影響を受けた個体群は26種にのぼった。
州は川にバージ(台船)を出し、曝気装置で酸素を戻そうとした。担当者はのちに、期待したほどの効果はなかったと認めている。川全体に酸素を吹き込み直すのは、そもそも人手に負える仕事ではない。
2019年12月6日、ビームサントリーは州との合意命令に署名した。民事制裁金60万ドルと、州が負担した費用の弁済11万2,000ドル。あわせて71万2,000ドルである。

Jim Beam White Label
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